menu close
MENU

院生のフィールドレポート

韓国 / ソウル市永登浦区 釜山

報告者:

グローバル・スタディーズ研究科 地域研究専攻 博士前期課程
LI JINGNAN

調査地:
韓国 ソウル特別市、釜山広域市
調査・研究課題名:
在韓朝鮮族の映画表象と現実:大林洞と釜山国際映画祭からの考察

1. フィールドワークの概要と目的

 20世代以降、韓国映像作品において朝鮮族はしばしば登場するが、その描写には固定化されたイメージ(地味な田舎者、犯罪者、異質な存在としての過剰な他者性)が伴うことが多い。2017年の韓国映画「ミットナイトランナー」が朝鮮族を犯罪集団と捉え、在韓朝鮮族の集住地大林洞を極めて危険なエリアとして描いたため、在韓朝鮮族コミュニティが記者会見を開き、朝鮮族を著しく中傷した行為に抗議を行った。「ミットナイトランナー」だけでなく、韓国映像作品における朝鮮族キャラクターにマイナスイメージを付与する事例が数多く見られる。そこで、本調査では、韓国社会における朝鮮族の生活の実態および韓国映像作品における朝鮮族のイメージ構築はどのように行われているのかという問題意識が生まれた。「ミットナイトランナー」映画の中を舞台として、在韓朝鮮族が集中に居住している町大林洞への現地観察、在韓朝鮮族の人々と直接対面し、彼らの生活状況、韓国社会に対する認識について情報を収集する。また、アジア最大級の映画祭である釜山国際映画祭に参加し、朝鮮族に関連する情報やマイノリティ表象の最新動向を把握することで、映像制作における「他者」表象の意図や構造的条件について考察を深める契機とした。本調査の目的は、在韓朝鮮族の居住実態とコミュニティの現状を現地で把握するとともに、韓国映像作品における朝鮮族の表象について、現時点の映画制作状況を考察することである。

2. 調査方法と日程計画

 9月15日から9月18日:ソウル市永登浦区に位置する大林洞(テリムドン)において、朝鮮族コミュニティに関する調査を実施する。主な方法は現地観察および個人への聞き取り調査である。調査対象としては、朝鮮族が多く居住・営業している地域を歩き、言語表記、店舗構成、治安状況などを記録。また、選定した映像作品を視聴したことがある朝鮮族コミュニティの方々へのインタビューを実施する予定である。

9月18日から9月22日:釜山に滞在、第30回釜山国際映画祭に参加する。期間中は、韓国社会およびマイノリティーに関する作品を中心に鑑賞し、映後に開催される活動や質疑応答セッションに参加して、映画制作者、監督の意見を了解する。朝鮮族が登場する作品や、他のマイノリティに関わる内容を重点的に追う。

3.フィールドワーク「大林洞」

3.1地域紹介

 大林洞(テリムドン)はソウル特別市永登浦区の西南部に位置する法定洞である。大林洞は、大林中央市場を中心に、朝鮮族および中国東北部出身の中国人が経営している販売店、飲食店が密集。行政洞としては大林1洞、2洞、3洞に分かれている。大林2洞は、朝鮮族が最も多く密集している地域である。住居地域は旧式の連立住宅が中心である。「ソウル市長期滞在外国人空間分布分析レポート」によると、ソウル市の長期滞在外国人は約38万4036人。永登浦区大林2洞に分布する長期滞在外国人が最多で1万2221人、次いで九老区九老2洞(9831人)、永登浦区大林3洞(8000人)。国籍別には、中国(朝鮮族を含む)が50%以上を占めている。

3.2現地観察

ソウル市地下鉄線路
2025年度ソウル市区ごとの住宅価格
大林洞町写真(飲食店、マッサージ店)筆者撮影
大林洞町写真(バーとナイトクラブ)筆者撮影
大林洞町写真(販売店とキャリアショップ)筆者撮影
大林洞町写真(ゴミの分別注意と看板設置の注意の横断幕)筆者撮影
大林洞町写真(外貨両替所と非法滞在者の無料案内所)筆者撮影
大林洞町写真(夜に巡回しているパトカー、偶然に出会った救急車)

4.観察知見

4.1大林洞の立地とエリア分析
 大林洞はソウル市内の比較的中心に位置し、地下鉄2号線と7号線の乗換駅である大林駅があるため、ソウル駅や主要商業中心へも地下鉄で数十数分。大林洞の住宅価格は平均を上回っており、中~高価格帯のエリアと言える。辺縁や低所得者層のエリアというわけではなく、経済的価値と生活利便性を兼ね備えた成熟したコミュニティであることが分かる。

4.2「リトル中国/リトル延吉」の雰囲気
 地下鉄の出口を出て、大林洞2洞の通りを歩くと、中国の東北地方に来たような感覚になる。駅から出るところには、飲食店、携帯電話代理店、お土産店、両替所などが並んでおり、中国語のみで書かれているものも少なくなかった。街の中で中国語と韓国語が混ざった会話が聞こえる。さらに、飲食店に入ると、客は主に中国東北部の方言を話している。飲食店は中国各地の美食を提供しているが、特に中国東北地方の料理(延辺料理)が主にある。

4.3コミュニティの生活状況
 「中国出身の人たちに対して、生活しやすく、便利な商店街や飲食店街がある良い居住地」という印象でした。平日を通じて通りに人が多いことから、日常生活および商業活動の中心地となっていることが分かった。道の中で、中国語で生活上のルールに関する注意書きがされた横断幕が多数見られた。夜は非常に賑やかで、市場や飲食店は人が多く、同時にパトカーも巡回している状況である。一部のバーや居酒屋の店先では、数人の中年男性が集まって大声で話す光景がよく見られた。この状況は、中国東北地方の一部で見られる社交習慣と同じことを思い出す。

5.インタビユー調査

 今回のインタビュー対象は、ソウル市在住の留学生4名、および韓国で長期間就労している女性1名を対象に実施した。そのうち留学生の1名は、大林洞に5年間居住している。

5.1大林洞の現状と新たな変化
 「大林洞の治安状況は悪い」という認識は事実ではない。大林洞で発生した犯罪の大半は、感情的紛争または金銭的な紛争による個別の事件であり、「犯罪集団」という表現は事実に反する。「大林洞の不法滞在朝鮮族が多い」という認識も根拠がない、元々ビザ申請の問題が少なく韓国へ入国できるため(朝鮮族に向けるH-2 、F-4ビザ)、不法滞在は非常に少ないのが実態である。朝鮮族に対するビザ(同胞の身分を主とするビザ種類)の取得難易度が高くないため、不法滞在の必要性が低く、不法滞在者は朝鮮族以外の出身者が多い状況が分かる。近年、大林洞には東南アジアからの新たな移住者が増えている。

5.2朝鮮族留学生の経験と韓国による朝鮮族に対する認識
 朝鮮族は多言語能力という利点を持っているが、韓国での就職においては差別に直面する。この差別は特に地方で目立ち、ソウルのような大都市の方が生活しやすいと感じられている。親族が韓国にいるため、韓国での仕事は「故郷を離れる」という感覚が薄く、帰国も易い。一つ注目すべき所は、2022年の冬季オリンピックの開幕式で、朝鮮族の選手が朝鮮族の民族衣装を着用して中国の代表として登場した、韓国国内で「韓国の文化を盗用した」という強い批判が巻き起こった。その事件の後、朝鮮族は中国と韓国の間に位置するアイデンティティを持っているが、韓国社会では彼らを「中国人」として見る傾向が強まった。

5.3韓国映画・ドラマにおける朝鮮族の描写
 2000年代のドラマやバラエティ番組は、延辺弁と服装の特徴が、当時の朝鮮族の状況をある程度写実的に描いていた。しかし、その後の朝鮮族の描写は、時代の変化に追いつかず、ステレオタイプの停滞に起因するものが多いとされている。また、近年の韓国のドラマーと映画には、朝鮮族そのものではなく、中国人を醜悪に描く傾向も見られる(その傾向として、歴史的な題材を扱った作品では古代中国の史実を大きく逸脱した描写が見られたり、現代的な題材では中国の都市部が荒廃した状態で繰り返し描かれたりしている)。

6.フィールドワーク「第三十回釜山国際映画祭」

6.1釜山国際映画祭の紹介

釜山映画殿堂の外観 筆者撮影

 釜山国際映画祭(BIFF:Busan International Film Festival)は、1996年に創設された、釜山で毎年10月頃に開催されるアジア最大級の国際映画祭である。韓国映画とアジア映画の発掘、紹介に重点を置いていて、アジアの監督作品を中心に扱う国際映画製作者連盟(FIAPF)公認の映画祭として知られている。メイン会場は、センタムシティの「釜山映画殿堂」を中心とし、期間中は国内外から多くの映画関係者、俳優、映画ファンが訪れ、華やかな雰囲気となり、アジア映画の最新の動向を知ることができる。筆者が今回参加したのは第三十回釜山国際映画祭、三十周年ということもあってか、人気映画のチケットは入手が非常に困難。

6.2マイノリティに関わる上映作品と制作側の意見

「OPEN TALK」「GUEST VIST」活動 筆者撮影

 映画祭の期間中、いくつかの映画では「GUEST VISIT」という活動が開催される。これは、上映後に制作チームや主演俳優が出場し、映画に対する見解を発表したり観客と対話したりする機会となる。また、「OPEN TALK」のような活動トも毎日同じ時間帯に設けられ、監督や俳優が設定されたテーマについて司会者と対話、討論を行う、映画関係者と対面に意見を了解することが出来る。
 筆者は今回の映画祭でこうした活動に参加した。朝鮮族に関する話題は直接に挙がらなかったものの、何度か制作者の対話の中で「アジアの映画市場においてより多様性を尊重する表現が必要であり、マイノリティの物語に焦点を当てて注目すべきだ」といった発言があった。こうした状況は、近年のアジアの映画製作者たちが多様性の尊重や少数派への関心を向ける動向にあることを示していると考えられる。

6.3「朝鮮族」に関わる

 今回の映画祭で上映された作品の中に、朝鮮族の登場キャラクターを直接のテーマとした作品はない。しかし、注目すべき点として、韓国で活躍する朝鮮族出身の張律(チャン・リュル)監督が、新作『Gloaming in Luomu』をメインコンペティション(Main Competition)に入選したことが注目されている。
 張律監督の映画は、主に中国、北朝鮮、韓国の三地域に焦点を当て、自己のアイデンティティや国境を越えた地域間の理解を主題とする。張律は朝鮮族の視点から異なる地域間の関係性を読み解き、彼の作品は度々国際映画祭のコンペティションに選出されていた。しかし、今回の新作のテーマは、中国西南部の小さな町に焦点を当てたもので、ある民泊で空間と感情の物語を描いている。
 9月21日、筆者は『Gloaming in Luomu』を鑑賞した。当日、監督や主演を含む主要な制作チームが全員登壇し、上映前には挨拶を、上映後には司会者や観客とコミュニケーションや質疑応答を行った。この作品には「小朴」という朝鮮族キャラクターが登場した。彼は物語の舞台となる民宿に立ち寄り、一晩滞在した。主人公たちとの会話から、彼は朝鮮族出身であるものの、朝鮮語が話せないことがわかる。両親が韓国へ出稼ぎに出ていたため、幼い頃に十分会えなかったことが語らった。最後に彼は民謡の「阿里郎(アリラン)」を流し、皆と一緒に踊るシーンがある。非常にシンプルで出番の少ない役柄ではあるが、「小朴」というキャラクターは、朝鮮族が抱える現実問題をある程度反映した三つの情報を示唆していると考えられる。一つ目は、朝鮮族の子供たちが両親の韓国出稼ぎによって経験する、十分な付き添いの欠如という現実問題。二つ目は、朝鮮族の若い世代における朝鮮語教育の欠落。そして三つ目は、彼のように民族のアイデンティティが希薄な朝鮮族のアイデンティティ問題。
 9月26日の閉幕式で、張律監督の新作が今回の釜山国際映画祭で大賞(Best Flim)を受賞した。今回の受賞は、張律監督の作品に込められた国境を越える視点やマイノリティーのアイデンティティ問題の視点が、広く認められ評価されたことを間接的に示していると考えられる。

「GLOAMING IN LUOMU」放映前の挨拶 筆者撮影
「GLOAMING IN LUOMU」放映後の質問応答 筆者撮影
「Gloaming in Luomu」が大賞を受賞した 釜山国際映画祭公式サイトのスクリーンショット

7.知見と今後の展望

7.1海外チャイナタウンの変遷:歴史と進化
 中国人の海外への進出は数百年前に遡る。最初に移住した古いチャイナタウンから、近年、都市中心部に近いチャイナタウンが出現したことは、中国人が各国で発展を遂げていることを裏付けている。今回、ソウルの大林洞へ行った際、東京の池袋との共通点に着目した。同じような中華飲食店、中国人向け生活施設など、多くの類似点が見られる。池袋は東京の主要な商業中心地であり、「副都心」と呼ばれている。交通の中枢であること、生活の利便性が高いこと。これらの特徴は大林洞と非常に似通っている。

 ソウル市近郊の仁川中華街は、百年前に設立され、華僑が集まった古いチャイナタウンである。しかし、近年の朝鮮族および中国人の韓国への移住に伴い、経済的に発達し、交通の便も良い都市中心部の近くに、新しいチャイナタウンが出現した。神奈川の横浜中華街と仁川中華街にも共通点が多く、どちらも最も初期の華僑移民が集まった古い形式のチャイナタウンである。「仁川中華街—ソウル大林洞」と「横浜中華街—東京池袋」。これら地域の関係性は非常に似ている。一方は華僑移民と歴史を持つ古いチャイナタウンで、現在は中華要や観光の場へと位置づけが移行している。一方、新世代の移住者は、学歴や商業面でさらに力をつけ、都市の中心部に、より賑やかで利便性の高い別のチャイナタウンを形成している。

 この現象は、単なる居住地の移動ではなく、中国人コミュニティが各国でより高度な都市機能と経済活動の中心に参入し続けている証であると考えられる。

7.2韓国による在韓朝鮮族の認識
 韓国社会が掲げる多文化主義と、その社会的な次元での現実との間には、依然として深刻な乖離が存在する。映画やメディアによる在韓朝鮮族の表象が現実と乖離しているにもかかわらず、この問題をめぐる社会的な議論は、それ以上に広がることも深まることもなかった。とりわけ、この問題の核心は、朝鮮族が「同じ民族」であるにもかかわらず、「近い他者」として認識されている点にある。この社会的な困難は、朝鮮族留学生たちにとって、就職時にも具体的な差別として現れた。さらに、韓国における朝鮮族が商業や学歴において多くの成果を上げているにもかかわらず、時代の認識の停滞性とメディアの作用により、韓国人の彼らに対する認識は依然として過去の段階に留まっている。
 近年の出来事により、韓国が朝鮮族をより強く「中国人」と見なすならば、これは「ルーツROOTS」と文化に基づいた「同胞感情」を弱体化させるだろう。その結果、朝鮮族は韓国社会において、より複雑なアイデンティティの課題、法律や政策による制限、そして社会的な差別に直面することになると考えられる。

7.3今後の展望
 今回の調査を通じて、大林洞の実態とアジアにおける朝鮮族の表象の動向について全体的な情報を把握することができたと考える。今後のアジアの映画市場における多様性を尊重する表現や、朝鮮族およびマイノリティの物語に焦点を当てた動向を継続的に追跡し、朝鮮族の描写に変化が生じるかを注目していく。まだ、「都市型チャイナタウン」の進展がもたらす傾向により、新世代の移住者が学歴や商業面で力をつけ、都市機能と経済活動の中心へ参入していることであり、固定化されたイメージが改善に向かう可能性と更に悪化する恐れがあるという課題を提起する。