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院生のフィールドレポート

日本 / 佐賀県鳥栖市

報告者:

グローバル・スタディーズ研究科 地域研究専攻 博士前期課程
    今井 祥人

調査地:
日本 佐賀県鳥栖市
調査・研究課題名:
佐賀県鳥栖市における、サッカー・チームを中 心とした多文化共生の実践に関する社会学的 調査

1. フィールドワークの目的

 植民地支配の影響により日本に定住している朝鮮人またはその子孫(在日コリアン)は戦後日本社会において様々な差別に直面してきた。特に、朝鮮学校出身の在日コリアンに至っては、社会的、構造的な抑圧を受けて来た。プロ・サッカーにおいても例外ではなく、在日コリアンサッカー選手に対する民族、ルーツを理由とした差別的言動は後を絶たない。一方、選手の応援を通じて、日本人サポーターが今まで関心の無かった在日コリアンと「出会い」、自らの歴史認識を再構成する可能性もある。本調査はサッカー・サポーターの在日コリアンサッカー選手への応援を通じた他者理解の実践とその様相を明確にすることを目的とした。
 調査者は2024年8月4日から8月17日にかけて、佐賀県鳥栖市に滞在した。当該地域をホームタウンとするJリーグチーム、サガン鳥栖FCが拠点を構える。サガン鳥栖は過去10年で他クラブによっては2倍以上にもなる多数の韓国籍選手が所属している。現在、当該クラブには1名の在日コリアン選手が所属しており、チームを象徴する選手として活躍している。調査者は試合日のスタジアムやスポーツバーを訪ねた。サガン鳥栖サポーターに対して、在日コリアンをどのように知ったのか、チームの在日コリアン選手に関してどのような印象を受けたのか聞き取りを行った。その他、当該チームの関係者、佐賀県の国際交流協会も訪問し佐賀県ないしは鳥栖市における多文化共生の取り組みや現状を把握し、クラブチーム、地域における多文化共生の取り組みについても伺った。

2. 調査内容

①サガン鳥栖サポーターへの聞き取り
10代~50代の男女4人へのインタビューを実施した。いずれの方も月に1,2回ほど現地で観戦をしている。多いとアウェーの試合も必ず観に行く方もいる。

②サガン鳥栖の試合観戦
8月11日に駅前不動産スタジアムで行われたリーグ戦の試合を観戦し、応援に関する参与観察、サポーターへの聞き取りを実施した。

③佐賀市内のスポーツバーの訪問
聞き取りに協力してくれたサポーターと共に佐賀市内にあるスポーツバーを訪問し、サガン鳥栖のアウェーの試合を観戦した。スポーツバーで展開される日常的な会話や行動を通じて、サポーターへの更なる聞き取り、参与観察を行った。

④さが多文化共生センターの訪問
公益財団法人佐賀県国際交流協会が運営するさが多文化共生センターを訪問した。サガン鳥栖、JICA佐賀、佐賀県国際交流協会が共同で主催した「Sagan World Cup」の取り組みや佐賀県内での多文化共生の現状について聞き取りを行った。

3.フィールドワークで得られた知見

①サポーターにとっての「自己化」/「内なる他者」化/「他者化」
 多くのサガン鳥栖サポーターは在日コリアン選手を特別視していなかった。これには、「サガン鳥栖らしさ」にまつわる集合的アイデンティティが関係しており、サポーターにとって、この形成に韓国人(ニューカマーの韓国籍の人びと)選手、監督が多く関わってきたことが理由に挙げられる。2011年のJ1昇格時に韓国人が監督を務めていたほか、エースナンバーの10番が韓国人選手だったことなど、サガン鳥栖の文化、プレースタイルの形成に韓国人が大きく関わってきた。特に、韓国人監督がチームを率いていた時に、現在の「泥臭く、最後まで走りぬく」プレースタイルを確立し、サポーターの中で想像される「サガン鳥栖らしさ」のイメージを築き上げた。韓国人の選手、監督に「支えられてきた」という記憶から、サポーターは在日コリアン選手も同様に応援していた(=「自己化」)。
 現在在籍している在日コリアン選手の出自に関して、多くのサポーターは当該選手が日本国籍を取得したことをきっかけに「気づいた」、ないしは在日コリアンについて調べたと話す。サポーターらは当該選手も韓国人選手と同様に「サガン鳥栖らしさ」を体現する一員と見ていた。一方、聞き取りの中で日本国籍取得の話題となったことで、サポーターは当該選手を「サガン鳥栖の選手」から在日コリアンという日本社会における「他者」に置き換えていた。サポーターからは日本代表で活躍することへの期待や、日本の文化に「溶け込んでいる」ことに対する「他者」への好感を述べていた。
 しかし、サガン鳥栖において期待外れのプレーをすることや、チームに関係の無い韓国や在日コリアンに関する話題には拒否感を示すサポーターもいた。あるサポーターは領土問題や歴史認識問題をめぐる政治問題を受けて「韓国は嫌い」と話すが、K-POP等の韓国文化や応援チームの韓国人選手とは「別に考えている」という。また、別のサポーターは今年、全国高校野球選手権大会で優勝した京都国際高校を受けて、「韓国語の校歌を聞きたくなかった」との旨を他のサポーターから聞いていた。サポーターによっては「サガン鳥栖」と日常を切り離し、日常における「非ナショナルなもの」を排除する(=「他者化」)傾向が見られた。
 先行研究では、スポーツ・メディアにおける「在日コリアン」の言説において、「自己」/「他者」に二分する「語り分け」の構造が見られた。端的に言えば、日本に都合のいいことは「自己化」し、そうでなければ「他者化」するということである。それに比べ、本調査では在日コリアンに対して「自己」/「他者」に、「内なる他者」の見方が加わっていた。「内なる他者」とは、スポーツ・メディアのナショナリズム言説の議論において、ネイションの枠組みにおける「我々」の意識に参入する移民選手や国籍変更選手の事を指す。サポーターの「内なる他者」という視点から、在日コリアンが「自己」と「他者」に連鎖的に遊動する関係性が見えた。
また、「自己」と「他者」の境界性の要素にチームの集合的アイデンティティが大きく関与している事が分かった。チームの集合的アイデンティティはヨーロッパのサポーター研究において、サポーターから見た包摂と排除の重要な要因とされていた。単発的な調査ではチームの集合的なアイデンティティを検討できるほどの情報はなかったが、本調査ではサポーターとのロングインタビューと参与観察を通じてサガン鳥栖としての明確な集合的アイデンティティが表れていた。

②サポーターの情報収集する習慣
 本調査では、サポーターは選手に関する詳細な情報収集を習慣的に行っているということが分かった。スポーツバーで聞き取りを行ったサポーターと試合を観ている中で、移籍したばかりの選手の経歴や出身地をくまなくチェックしていた。情報収集のプロセスにおいて、サポーターは在日コリアンの選手が朝鮮学校出身であることを知り、韓国人選手とはバックグラウンドが異なることに気づいていた。その他、選手名鑑やテレビ中継などで在日コリアンと韓国人の表記が漢字とカタカナで区別されており、サポーターは在日コリアンに気づくとも言っていた。
 申請者の論文の重点は特定の選手を応援する、いわゆる「個サポ(個人サポーター)」の知的実践である。在日コリアン選手を応援する「個サポ」らは、応援活動を通じて、在日コリアンに関する知的実践を各々行うことで、一見無関係に見えるサガン鳥栖の選手と日本社会の排除の構造との関係性に気づくことがこれまでの調査で分かっていた。
 「個サポ」の実践における大前提として、情報収集をする習慣というサポーター全般的な特徴が本調査を通じて明らかになった。

③日常における在日コリアンとの交流
 「個サポ」だけではなく、サポーターの生活する日常にも、他者理解の契機が存在する。佐賀県鳥栖市は川崎や大阪と比べれば、在日コリアンの集住地域とは断定できない。その中で、サガン鳥栖の韓国語通訳の在日コリアンのスタッフが市民向けに韓国語講座を開いている事や、サポーターがサガン鳥栖の韓国籍のユース選手にボランティアとして日本語の支援を行っている事が分かった。サガン鳥栖側から地域に対して包括的に他者理解に取り組む活動が行われている。
 これらの機会は全てがサガン鳥栖側の提供であるとは言えないものの、他者理解の機会を提供するという姿勢はサガン鳥栖側としても意図があった。あるサガン鳥栖の関係者は技能実習生が佐賀県において増えている現状と絡めて、多文化共生の現状は「無関心でもいいけど、もう本当世の中は色んな事に対して無関係ではいられない」と話していた。サガン鳥栖が中心となって開催した、佐賀県内の留学生、技能実習生の地域交流を図ったフットサル大会である「Sagan World Cup」も他者理解のきっかけをもたらすものとなっている。
 調査前は佐賀県鳥栖市の地域の特徴から、地域性から在日コリアンの交流を見出すのは難しいとしていた。本調査を通して、物理的な意味での地域と関係なく、クラブチームから発露される「想像された」ローカリティの中で、サポーターが他者理解の実践に取り組んでいる様相が伺えた。

4.フィールドワークではわからなかったこと、今後の調査、研究の方向性

 今回の調査では以上のような知見を得られたものの、反省点もあった。一つは、事前に許可を得た調査者にしかインタビューが出来なかったことである。2週間という短い期間だったものの、調査者として積極的にスタジアムで声をかけて取材をするという行動までには至らなかった。連敗を重ね、降格の危ぶまれるチーム状況の中でまともに調査が出来る状況ではなかったことが原因の一つである。事前に許可を得た方以外にも、スタジアムにおいて様々なサポーターに対して非構造的な聞き取りを行っていれば、本調査とは異なる見解が得られたかもしれない。
 また、それに関連して、在日コリアン選手本人に対して聞き取りが出来れば本望であった。しかし、先述したようにチームの状況を鑑みると、個人的な聞き取りが出来る状況ではなかった。もしこれが実現していれば、サポーターと選手の間の在日コリアンの解釈の違いや相互的な関係性が詳細にわかっていたかもしれない。

佐賀県地図、https://power-point-design.com/ppt-design/saga-for-powerpoint/より一部調査者加工
駅前不動産スタジアム、佐賀県鳥栖市、調査者撮影
スポーツバー、佐賀県佐賀市、調査者撮影