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院生のフィールドレポート

インドネシア / ジョグジャカルタ 他

報告者:

織田 悠雅
グローバル・スタディーズ研究科 地域研究専攻 博士前期課程

調査地:
インドネシア ジョグジャカルタ特別州スレマン県、中ジャワ州マゲラン県、中ジャワ州スマラン県
調査・研究課題名:
社会変化の中における現代インドネシア・カトリック教会と信徒の動態に関する人類学的調査

1. 調査旅程

8/30-8/31:羽田空港⇒シンガポール・チャンギ空港⇒ジョグジャカルタ国際空港
8/31-9/9:ジョグジャカルタ特別州スレマン県滞在
9/9-9/11:中ジャワ州マゲラン県A町滞在
9/11-9/13:中ジャワ州スマラン県B町イエズス会修道院滞在
9/13-9/19:ジョグジャカルタ特別州スレマン県滞在
9/19-9/20:ジョグジャカルタ国際空港⇒シンガポール・チャンギ空港⇒羽田空港

2. 調査内容

① インタビュー調査

  • ライフヒストリーの聞き取り
  • 家族構成や家族内の宗教の状況
  • マリア洞窟や巡礼に関する聞き取り
  • 司祭養成、司祭召出に関する聞き取り

② 文献収集

  • サナタ・ダルマ大学売店:中部ジャワのカトリック教会史関連書籍4冊購入。
  • カニシウス社(現地のカトリック系出版社)売店:典礼関連書籍や歴代司祭らの講演録、教会史関連書籍、教会と政治関連書籍などを購入。
  • Kolese St. Ignatius図書館(イエズス会高等神学院併設図書館):各小教区などの周年記念誌、教会の方針に関する教区事務局の書籍、ジャワ・カトリック教会に関する論文集、巡礼関連文献。上記の書籍を閲覧し、一部のものは複写と写真撮影。
  • Gramedia(一般書籍、教育書籍を販売する書店):小学校向け宗教教育教科書

③ 教会活動の参与観察

  • 堅信式への参加。
  • 主日ミサへの参加(3か所)
  • 月初め金曜日のミサへの参加
  • 教会コミュニティの健康診断
  • 国家聖書月間(Bulan Kitab Suci Nasional, BKSN)の集まりへの参加
  • 聖歌練習の参与観察

④ 巡礼地の訪問

  • Salib Suci Gunung Sempu(聖十字架、ジョグジャカルタ特別州バントゥル県)
  • Gua Maria Semanggi (マリア洞窟、ジョグジャカルタ特別州バントゥル県)
  • Gua Maria Sendang Srinigsih(マリア洞窟、中ジャワ州クラテン県)
  • Gua Maria Marganinsih(マリア洞窟、中ジャワ州クラテン県)

⑤ 研究相談

  • Budi Subanar神父(宣教学、専門はジャワのカトリック教会)
  • Laksana Bagus神父(神学、専門はジャワ巡礼研究)
  • Rosarianto Hasto神父(教会史、専門は19世紀末期から20世紀初頭のジャワ・カトリック教会史)

3.調査で得られた知見・視点

 本調査では様々な方のご協力のおかげで、多くの知見を得ることができた。紙面に限りがあるため、本報告では3点に絞って紹介する。

① 教会活動の参与観察を通じて:日々の生活を彩る教会活動

 これまで現地調査を3回実施し、そのたびにカトリックの家庭で生活させてもらいながら、参与観察を行ってきた。そして今回の調査を経て、これまでもやもやしていたところがはっきりしてきた。ジャワ・カトリックの日常は宗教実践にあふれている。カトリック信徒の一週間の中で最も重要なのは毎週日曜日の主日ミサである。しかし、ジャワのカトリック教会では、多くの信徒が主日ミサ以外の教会活動に参加している。教会活動そのものは様々で、ミサに向けた聖歌の練習、聖書の勉強会、祈りの集いなどがある。そしてこれらの教会活動の中心にあるのが、ジャワ・カトリック教会の最小組織とでもいうべき、リンクンガン(lingkungan)である。リンクンガンは20~30世帯ほどの近隣カトリック信徒から形成される。規模の大きい小教区には20以上のリンクンガンがあり、それぞれがリンクンガン長(Ketua Lingkungan)を持ち、小教区の運営などに関してリンクンガン長会議も開催されている。地域や小教区ごとにリンクンガン活動に活発な年齢層の違いなどはあるものの、聖歌練習や聖書の勉強会などの教会活動や、葬送、追悼儀礼に関してもリンクンガンの成員を中心に行われる。そういった教会活動は、それぞれが仕事や学校を終えてから成員の家を主な活動拠点にして毎日のように行われている。そして、教会活動が終わるとごはんやスナック、温かいお茶が活動場所を提供しているホストの家族から提供され、皆で飲み食いしながら談笑しているのである。教会活動はカトリック信徒の生活時間の多くを占め、信徒生活の中心であり、リンクンガンは人間関係の1つの中心、職場や学校以外で最もともに過ごす時間の長いコミュニティである。私が観察したのは、そういったカトリック信徒の日常であり、人間関係の在り方であった。

勉強会の前にお菓子を買いに行く
リンクンガンの子どもたちと神学生
リンクンガンの成員宅で行われる
聖書勉強会の様子。笑いがよく起きる。

 イエズス会のP司祭は、ジャワで聖職者を志す人が多い理由の一つとして、ジャワ・カトリック信徒の日常に多くの教会活動があることを挙げていた。この司祭の指摘からは、教会活動とそのコミュニティの存在がカトリック信徒の人生設計にも影響を与えていることがうかがえる。また、教会指導者の中には、インドネシアでカトリック教会が活発な理由をリンクンガンというインドネシア独特の教会制度に求める人もいる。このように、日常に深く根付くリンクンガンを中心とする教会活動は、ジャワのカトリック信徒の宗教意識や宗教的なアイデンティティ形成に強く影響を与えている。しかし、これまでのジャワ・カトリック研究は、教会史や宣教学、比較神学の専門家たちによって担われ、ジャワのカトリック教会組織形成過程やその立役者である宣教師などに注目が集中し、一般のカトリック信徒がどういった生活を営み、どういった人間関係を構築し、カトリック信徒であることに関してどういった思いや考えをもっているのかといった、民衆の視点からジャワ・カトリックをとらえるというアプローチが欠如してきた。その結果、ジャワ・カトリックの教会活動やコミュニティは語られず、宗教意識や宗教アイデンティティへの影響に関しても注目されずにきた。ジャワ宗教研究の文脈では、ギアツをはしりとするジャワ宗教文化、特にイスラームと民間信仰に関する質的にも量的にも優れた数々の民族誌的研究が行われてきたが、それらの中でカトリックのことが触れられるのは限定的であった。これは同時に、キリスト教を主題とする研究が少ないという人類学的宗教研究の限界の表れでもある。ジャワ・カトリック信徒の宗教実践に着目していくことは、先行研究の空隙を埋めるというだけでなくジャワの宗教文化を総体的にとらえるために必要なことなのではないだろうか。

② カトリック教会に関する文献収集を通じて:先行研究の状況把握と一次資料の収集

 今回の調査では、大学出版、カトリック系出版社、一般書店での文献購入のほかに、ジョグジャカルタ特別州にあるイエズス会高等神学院(Kolese St. Ignatius、以下では通称であるKolsaniと記述)併設の図書館にて文献収集を行った。インドネシアにおけるカトリック系書籍は、ジョグジャカルタが拠点のカニシウス社(PT Kanisius)か、ジャカルタが拠点のオボール社(Obor)によって出版されており、ミサの典礼や日々のお祈りのためのブックレット、教会指導者の講演集まで幅広く扱っている。一般書店であるグラメディア(Gramedia)には宗教系書籍の書棚があり、先述の出版社発行の書籍のほかに、グラメディアが出版元である書籍も多数販売している。
 Kolsaniの図書館では、19世紀末のジャワ宣教初期におけるオランダ語による宣教関連の雑誌から、カトリック関係の書籍、教会、病院、学校、財団のメモリアルブック、カトリック関連の修士論文や卒業論文などが所蔵されている。なお、ジョグジャカルタには教区司祭養成のための神学院(Seminari Tinngi St. Paul、以下略称のSTで表記)が北部にあり、STにも図書館がある。STとKolsaniとの間では文献カタログの共有を1つのシステムで行っている。教区関連の資料に関してはSTの図書館が充実していたが、今回は時間の関係から訪れることができなかった。
 今回の文献収集の成果は以下の2点になる。一点目は、教会の歴史や共同体の状況を把握するための一次資料として小教区や病院、学校、財団などの周年記念誌の存在を確認したということである。これらの書籍は新刊書店には販売しておらず、図書館などで収集する必要がある。内容は、略史や神父や行政首長の挨拶、巻末には銀行など様々な企業からのお祝い広告が載せられているケースもあり、社会の中にあってカトリック教会、その信徒がどういった関係を築いているのかということが分かるのではないかと考えられ、今後の分析対象として興味深いと考える。
 2点目は、ジャワ・カトリック教会をめぐる先行研究の少なさ、特に博士論文レベルのものや博士号取得者による論考が少ないことへの気づきである。Kolsaniの図書館で文献検索を行った際、小教区の歴史やカトリック巡礼地に関する卒業論文、修士論文は散見され、その記述内容や章立てに関してとても参考になると感じた。しかし、その後も文献検索を繰り返したが、博士論文レベルはほとんど発見することができなかった。先行研究は質的に充実しているものの、そもそもの研究蓄積の少なさから依然多くの研究のアプローチ、調査対象があるものと考えられる。

ジョグジャカルタ特別州コタバル地区にある
イエズス会高等神学院(Kolese St. Ignatius)の外観と閲覧室。
地下に大きな書庫があり、貴重な蔵書が多く所蔵されている。

③ 中部ジャワ・カトリック巡礼地をめぐって:調査地の選定と調査対象の明確化

 これまで調査者は、中部ジャワのカトリック巡礼地に関して継続的な予備調査を行ってきた。今回の調査では未訪問だった巡礼地の訪問や、巡礼研究や教会史の専門家との研究相談を行い、将来の調査地と調査計画について考えを深めた。
 ジャワ・カトリック巡礼研究の第一人者であるBagus Laksana神父との研究相談では、巡礼地のバリエーションや近年の創設事例についてご教授いただいた。まず、中部ジャワで一般的な巡礼地形態であるマリア洞窟のバリエーションには、私的設置型、教会併設型、公的巡礼地の3種類があるとのことであった。さらに近年の創立事例としては、子どもの弔いや記念のために裕福なカトリック信徒が自宅敷地内に建設した例や、大都市のショッピングモール内にマリア洞窟を建設した例など、とても興味深い具体例を聞くことができた。
 次に教会史が専門で、スマラン大司教区記念誌作成を司教区事務局と行っているRosarianto Hasto神父との研究相談では、巡礼地に関する大司教区の文書の紹介と巡礼地形成の興味深い事例についてご教授いただいた。そこで紹介していただいたのがジョグジャカルタ特別州グヌン・キドゥル県にあるGua Maria Giri Weningである。この巡礼地は、地元当局からの建設許可が降りてから地元ムスリム住民の反対にあい一度は建設許可が取り消されたが、その後ジョグジャカルタ特別州知事であるスルタンが調停に入ることで再度建設許可が降り、建設することができたという。この巡礼地は、建設したいというカトリック住民と反対するムスリム住民の双方の言説が見えてくるとともに、それが政治的な問題にまで発展しているという点で宗教と政治というところについても分析可能な事例であり、今後の調査地として最適なのではないかと考えた。

中ジャワ州クラテン県にあるマリア洞窟Gua Maria Sendang Srinigsih。
日曜日の巡礼地には多くの巡礼者が遠方からも集まっていた。

4.おわりに

 最後になってしまったが、本調査に携わってくださった方々に感謝を申し上げたい。特に、ジョグジャカルタでいつも温かく受け入れてくれるPak&Ibu S、常に励まし沢山の研究のインスピレーションをくれるT神学生、家族のように接してくれ第2の両親のように慕うマゲラン県のPak HとIbu W、忙しい中で私の研究をサポートしてくださった神父様方、たくさんの気づきをくれるジョグジャカルタの友人たち、図書館で親切に対応してくださった職員の方々に、深くお礼申し上げる。

(2023年度フィールドワーク・サポート 現地レポート)