川邊 徹
グローバル・スタディーズ研究科 地域研究専攻 博士後期課程
【訪問地】オーストラリア シドニー、キャンベラ
【日 程】2023年2月1日 成田発
2023年2月2日 ゴールドコースト着、ゴールドコースト発 シドニー着
2023年2月2日~11日 シドニー・キャンベラ滞在
2023年2月11日 シドニー発 ケアンズ着、ケアンズ発 成田着
ビルマ(ミャンマー)現代史の課題について、オーストラリアの研究者の方々にお話しをうかがったほか、図書館で文献調査を実施した。ご協力をいただいたのは以下の方々。
【東南アジア史におけるマイノリティとビルマ】
カンボジア史に関する研究で世界的に知られ、ビルマを含む東南アジア全域について前近代から現代史までを俯瞰した歴史入門書も発表されているオーストラリアの元外交官で元オーストラリア国立大学のミルトン・オズボーン博士にお時間をいただいた。初対面にも関わらず、博士からは多角的な質問を交え、貴重な示唆をいただいた。
東南アジア史におけるマイノリティについて、多数派民族に対する少数民族の人口比率が比較的低いタイ、ベトナムやカンボジアに比べ、ビルマでは多数派のビルマ民族に対し少数民族の人口比率が比較的高いことを著書の中で指摘している博士から、それら以外の東南アジア諸国も念頭に「ビルマではなぜ共存が難しいのか。東南アジアの他の国では、各国政府の下で(おおむね少数民族も)共存しているのではないか」と、核心を突く問いかけをいただいた。ビルマ(ミャンマー)の国民国家形成における少数民族問題について、東南アジア史というフレームの中で比較検討するというスケールの大きな発想に驚くとともに、貴重な示唆をいただいたものと受け止めた。
【多民族社会の知見と実像】
オーストラリアを拠点にビルマに関する研究を進めておられるオーストラリア国立大学の高橋ゆり博士からは、移民が特別な存在ではないオーストラリア社会の実情を中心にお話をうかがった。
オーストラリアは移民を計画的に受け入れており、特にビルマ(ミャンマー)からは、1988年の民主化運動とそれに対する抑圧を受けタイなどの周辺国へと逃れ、そこへ長く避難していた人々らを順に受け入れてきた経緯があるという。こうした人々にはビルマ民族のほか他の少数民族も含まれ、移住先のオーストラリア社会の中でもそれぞれのグループを形成しているという。
高橋博士によると、オーストラリアへ移住した人々に共通するのは、出身国や民族のほか、オーストラリアのアイデンティティも兼ね備え、複数のアイデンティティを保持していることであるという。こうしたアイデンティティの「共存」と重層性について、オーストラリアで直接お話をうかがい、実情を目にすることができたことは大きな成果であった。
【ビルマの独立、社会主義、そして民族問題】
ビルマ独立後に政治をリードしたビルマ社会党の歴史を中心に研究されてきたチョーゾーウィン博士からは、多くの貴重なアドヴァイスをいただいた。
博士によると、ビルマ社会党も参画したビルマのAFPFL(反ファシスト人民自由連盟)が重視したのは、「独立」、「コモンウェルスに入らない」、「社会主義」などの点にあったという。この文脈では、当時の指導者らは、社会主義という理念を採用することで民族問題も解決に至るのではないか、と比較的楽観視しており、ここに今日の問題の「根」が含まれていたとも考えられるのではないか、との指摘を受けた。
ビルマの独立(1948)とその後の国民国家の設を研究されてきた博士から、独立後の国民国家建設の課題という視点から直接見解をうかがうことができたことは、大きな成果であった。
【文献】
首都キャンベラにあるオーストラリア国立大学では、研究用の書籍を多く保管しているメンジーズ図書館(RG Menzies Building)を訪問した。
高橋ゆり博士のご紹介を受け、司書である Nithiwadee ChitravasさんとMiyuki Matthewsさんに、オーストラリア元首相の名前を冠したこの図書館を案内していただいた。
この図書館にはビルマ語の文献も保管されており、これら貴重な資料も閲覧させていただいた。図書館二階には、東アジアに位置する日本、中国、韓国の蔵書を保管している一角もある。中でも日本の新聞や雑誌も継続的に収集、保管されており、日本がオーストラリアで築いてきた存在感の大きさとオーストラリア側の日本への関心の高さを感じた。日本関係の蔵書の中には、すでに日本国内で探すことが難しくなっている戦中の書籍なども保管されているという。
一方、近年は、図書館を訪れる中国からの留学生が急増しているという大きな変化についてもお話を聞くことができた。


【調査の展望】
オーストラリア国立大学ほか、同じキャンベラにあるオーストラリア国立図書館でも文献を閲覧し、これまでの文献調査で抜け落ちていた1940年代、50年代のビルマの政治史について空白部分を検討することができた。
今後もこのように多角的なアプローチを粘り強く続けることによって、ビルマの歴史を世界の中に位置づけ、複眼的、複合的な歴史研究に挑んでゆきたい。
【最後に】
オーストラリアは大変魅力的な国であった。その広大な国土は日本では想像もつかないスケールを持ち、地球はかくも広かったのか、とすら思えた。人工的に開発された首都キャンベラは行政や司法などの中枢機能を持つ一方、緑地帯には野兎が多く生息し、珍しい野鳥も散見するなど自然にあふれていた。日本からこの地を訪れ、全く異なる尺度で世界やビルマの歴史について考え直す機会ともなった。
旅の最後は、シドニー中心部で、宿泊客が瞑想のセッションに参加できる「Zen(禅)」の名を冠した珍しいゲストハウスに宿泊した。日々の生活の中で揺れ動く自らの感情を客観視し、執着から心を解放する内観瞑想は、ビルマ(ミャンマー)で大変盛んであった。一方、オーストラリアのこの宿に宿泊していた欧米やアジアの若者たちも、関心を持って瞑想に取り組んでいた。宿で飼われていた聡明なネコたちと触れ合いながら瞑想に参加できたことも良き思い出となった。

本調査に際しては、上智大学フィールドワーク・サポートの助成を受けました。記して謝意を表します。
[参考文献]
ミルトン・オズボーン.1996.『シハヌーク』.石澤良昭監訳、小倉貞男訳.岩波書店.
Milton Osborne .2020. Southeast Asia An introductory history.13th Ed. Allen & Unwin. NSW, Australia.
TAKAHASHI Yuri.2022. Shwe U Daungs’s Life and Changing Nationalist Vision: Writing Biography as a Historical Study based on Vernacular Sources. In NEMOTO Kei (Ed.) Myanmar Studies without Burmese? On how and why language still matters for Area Studies VolumeⅠ.Occasional Papers No34, Institute of Asian, African, and Middle Eastern Studies, Sophia University.
Kyaw Zaw Win.2008. A history of the Burma Socialist Party (1930-1964).PhD Thesis. University of Wollongong, Australia.

(2022年度フィールドワーク・サポート 現地レポート)