織田 悠雅(オリタ ユウガ)
グローバル・スタディーズ研究科 地域研究専攻 博士前期課程
8月25日:成田国際空港⇒スカルノ・ハッタ国際空港(ジャカルタ)
8月25日~29日:ジャカルタ滞在(ホテル)
8月29日:ジャカルタ・ガンビル駅⇒ジョグジャカルタ駅
8月29日~5日:ジョグジャカルタ特別州スレマン県滞在(ホームステイ)
9月5日~16日:中部ジャワ州マゲラン県A町滞在(ホームステイ)
9月16日~19日:中部ジャワ州スマラン県アンバラワ町滞在(ホームステイ)
9月19日~22日:中部ジャワ州スマラン市滞在(ホテル)
9月22日:スマラン国際空港⇒スカルノ・ハッタ国際空港
9月22日~23日:空港近くのホテルで滞在
9月23日:スカルノ・ハッタ国際空港⇒成田国際空港
本調査で得ることができた知見は大きく3点、①中部ジャワにおける教会組織の構造、②中部ジャワにおけるカトリック信徒の動態的状況、③ジャワ文化、インドネシア・ナショナリズムとカトリック教会の接合である。
まず、1点目の教会組織について。カトリック教会は全世界共通で、教皇を頂上に据えた階層構造によって成立しているが、インドネシアのそれが日本と多少異なる点があり興味深く感じた。中部ジャワの教会組織を簡単に説明すると、スマラン大司教区が行政単位の中部ジャワ州とジョグジャカルタ特別州内の教会の上部にあり、その下に4つの大地区(Kevikepan)があり、その下に107の小教区(Paroki)が存在する。また、小教区ほどの人口は有さないが人口がそれなりにある場合には、スタシ(Stasi)と呼ばれる1つの小教区に属しながらも自身で教会堂を持つ場合もある。それぞれの小教区、スタシにはいくつもLingkungan(リンクンガン、日本語に直訳すると「環境」という意味になる)と呼ばれるより小さなグループが存在する。日本の教会組織との大きな違いはこのLingkunganである。調査地では1つのLingkunganには教会活動に熱心でない人も含めて30家族程度が属しており、各Lingkunganにはミサ中やミサ前に必要な準備、作業が割り当てられていた。渡航以前はLignkunganの存在そのものも知りえなかったが、今後はこの教会組織の日本との相違点に目を配ることで、Lingkunganの教会や信徒に与える影響について考察したい。
2点目のカトリック信徒の動態的な理解について。一番大きな気づきは、同じカトリックコミュニティでも世代によってイスラームへの意識や言説が異なる点であった。今回の調査では大学生から80代まで幅広い世代の方々に聞き取り調査を行った。大学生への聞き取りでは、イスラームに対して抱える不満(アザーンの音量が大きすぎるなど)について聞くことができたが、同じような質問を上の世代の人々に投げかけるとイスラームとの良好な関係について聞くことが多かった。調査者の年齢からくる信頼関係による差異とも考えられるが、世代間で対イスラームの意識が異なっている可能性に気づくことができた。
また、カトリック信徒になった経緯を中心としたライフヒストリーの聞き取りからは、先行研究で示されているカトリック教会勢力拡大の要因(教育、健康サービス、結婚)について確認することができた。また、上の世代への聞き取りでは、カトリック信徒との結婚の際に改宗し、また結婚に際して家族から反対の声が上がることが無かったという話をしばしば聞いた。しかし、親世代の人々からは、自分の子どもがカトリックでない人と結婚するのは認められないとしており、結婚観の世代間ギャップの存在にも気づくことができた。今後は、その世代間ギャップがどの年代から発生しているのかに注目していきたい。
最後に3点目のジャワ文化、インドネシア・ナショナリズムとカトリック教会の接合について。中部ジャワのカトリック教会とジャワ文化の融合の代表例がジョグジャカルタ特別州ガントゥル県に存在するガンジュラン寺院(正式名称はGereja dan Candi Hati Kudus Tuhan Yesus Ganjuran)である。ガンジュラン寺院では、ジャワの伝統的な様式で建てられた教会堂、ジャワの伝統的衣服を着たイエス・キリストなどが見られる。別の日程で訪れたマリア洞窟においても、Jalan Salib(十字架の道行)でレリーフを覆う屋根にジャワの様式を組み合わせていることも発見できた。合わせてインドネシア・ナショナリズムとカトリック教会の接合としては、ミサ前に国家斉唱をする(日本の教会ではまず考えられない)、教会堂の前にインドネシア建国75周年のモチーフとスローガンが書かれているといった現象が見られた。



①生存戦略としてのナショナリズム、ジャワ文化の活用
先に述べたように、ジャワ文化とカトリック教会の接合、インドネシア・ナショナリズムとの結びつきという現象がしばしば見られたが、この背景には少数派であるカトリック教会の存続のための戦略があるのではないかと考えられる。今後はミサ前の国歌斉唱やその他ナショナリズムとの関連が見られるものについて、事実関係の確認を聞き取り調査で行いたい。
②日本のカトリック教会との比較:宣教と信仰心の維持
ジャワにおけるカトリック宣教、カトリック人口の増大において、学校教育が果たした役割が大きい。中部ジャワ州スマラン県アンバラワ町で行った60代男性への聞き取りでは、高校に進学する際に国立の高校はなく、カトリックの学校のみであったため、カトリック校に進学し3年次に洗礼を受けたということであった。ちなみに町で最初の国立学校は、77年の国立小学校設立であったということである。
このことを日本におけるカトリック宣教と比較するとどうであろうか。調査者は中高一貫校のカトリック校の出身であり、当時聞いた話などを思い返すとジャワにおける宣教と共通するものを見つけられる。私の出身校では、数十年先輩の代では学年が180人程度に対して数十人が洗礼を受けていたという話をきいたことがある。詳細に関しては不明なことが多いが、日本においてもかつては教育が宣教につながっていたことが分かり、ジャワにおける宣教と共通しているといえる。しかし、日本におけるカトリック人口はなかなか増えておらず、調査者の印象ではあるが「幽霊」信徒とでもいうべき信徒が多い。そこにジャワと日本の差異を感じるのである。
これらはあくまでも印象によるもので詳細な調査が必要であるが、日本社会とジャワ社会における差異を生み出しているものについて2つの仮説、①幼児洗礼に関する考え方の違いが影響を及ぼしている、②インドネシアでは宗教を登録する必要があることが影響を及ぼしている、を立てることができた。また、当然日本文化とジャワ文化において宗教に対する認識が違うことも考えられる。この仮説、問いに答えることは、インドネシアにおいて宗教を信じることが何を意味するのかという問いに解答することでもあるため、重要な視点であると考える。
今回の現地調査の反省点は、踏み込んだ質問に躊躇してしまったことであった。私の研究関心の1つである宗教間関係について尋ねると、時にセンシティブな事柄も含まれることから、顔を曇らせる方がおり、自分から聞き出しにくい側面があった。今後の改善策としては、踏み込んだ質問ができるような信頼関係を築いていくこと、加えて直接的ではなく間接的に聞き出したいことを引き出せるように、インタビュー技術を向上させること、などが考えられ、次回の渡航までの課題としたい。
(2022年度フィールドワーク・サポート 現地レポート)