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院生のフィールドレポート

大韓民国 /ソウル(他)

報告者:

グローバル・スタディーズ研究科 地域研究専攻 博士前期課程
大嶋 徳

調査地:
大韓民国 : ソウル、仁川、光州
調査・研究課題名:
韓国カトリック教会史における民主化運動の位置づけ: 博物館の展示内容からの分析を通じて

  1. 1. 調査概要

本調査は、ソウル・仁川、光州の民主化運動やカトリック教会史に関する博物館(記念館・歴史館を含む)を訪問し、これらの博物館が提示する「語り」を分析することで、韓国カトリック教会が関与してきた民主化運動がどのように位置づけられ、評価されているのかを明らかにすることを目的としている。カトリック教会が持つグローバルなネットワークは、軍事独裁政権下で言論統制が敷かれていた韓国の情報を海外へ発信したり、国際的な世論を形成して政権に圧力を与えたりと、民主化運動に大きな役割を果たしてきた。しかし、民主化運動自体は学生運動や労働運動など様々なアクターの関与により推し進められてきたものであって、教会固有の運動ではない。そのため、民主化運動史における教会の位置づけや評価を知ることは、韓国民主化運動史全体を把握するためにも重要である。

本調査では、博物館の展示内容に加え、インタビュー調査、文献史料の分析を通じてこれらの位置づけを明らかにする。なお、調査者は日本のカトリック教会による韓国民主化支援運動とトランスナショナルな「連帯」の歴史を主に研究しているが、本調査はとりわけ支援の対象となった韓国側の運動に注目するものである。

2.調査方法

 従来の研究計画では博物館の訪問のみを行う予定であったが、カトリック教会史などを専門とする研究者数名に現地の方を紹介していただき、インタビュー調査や研究機関での史料収集を行うことになった。また、ソウルでインタビューを行った方が、光州の方を紹介してくださったり、訪問した博物館の館長が他機関の方を紹介してくださったりと、現地で雪だるま式に人脈が広がっていったため、追加でインタビュー調査や面会を行うことになった。

2-1. 対象地と日程

・韓国民主化運動の「聖地」とも呼ばれた明洞聖堂があるソウル、カトリック労働運動が盛んであった仁川などを中心とした首都圏と、5.18民主化運動が行われた光州を中心に調査を行った。

・首都圏(ソウル、仁川、京畿道)での調査

2/5:金大中図書館、明洞聖堂近辺調査、合井でのインタビュー調査

2/6:韓国学中央研究院 韓国学図書館にて史料収集

2/7:文益換統一の家でのインタビュー調査、コンピョン都市遺跡展示館

(ソウルYMCAに関する展示)

2/8:ソウル第一教会、史料収集

2/12:仁川大学、民主化運動記念館M2、韓国基督教会館

2/13:民主化運動記念館M1、全泰壱記念館、天主教ソウル大教区歴史館、

大韓聖公会ソウル主教座聖堂

2/14:仁川天主教歴史博物館、韓国基督教歴史文化館

2/15:ソムドルヒャンリン教会、明洞聖堂、シャルトゥル聖パウロ修女会歴史博物館

2/16:合井でのインタビュー調査、史料収集、聖水

・光州広域市での調査

2/9 :光州カトリック博物館、光州正義と平和委員会、錦南路でのインタビュー調査

2/10:518民主化運動記念館、民主広場、チョンイルビル、518記念財団、全南大518

研究所、南洞518記念聖堂ミサ参加

2/11:光州カトリック博物館、光州人権平和財団

民主化運動の契機となる声明などを発表した場所であり、民主化運動家たちの避難所(asylum)であった明洞聖堂。

2-2. 博物館の訪問

 博物館では、①教会の民主化運動への関与の展示の有無、②展示がある場合は全体の展示に占める割合、③教会の民主化運動の説明の仕方や評価に注目し、(許可がとれた場合)撮影やフィールドノートへのメモで記録として残している。また、ガイドや受付の方にも、教会の民主化運動史とその意義、日本や海外での運動との関りなどについて可能な限り質問を行った。

2-3. インタビュー調査

 主に、A氏(ソウル・合井)、B氏(ソウル・江北)、C氏(光州・錦南路)の3名にインタビュー調査を行った。この3名には、自身の民主化運動との関与やライフストーリーについてお話いただいた後、話の内容について調査者が気になった点や、事前に準備していた質問に答えてもらう半構造化インタビューを行った。この3名以外に、正式なインタビュー調査とはせずに約10名と面会を行い、その内容をフィールドノートに記録として残している。

2-4. 史料収集

 韓国学中央研究院 韓国学図書館にて、日韓のカトリック教会のネットワークを通じてやり取りされてきた1200頁を超える書簡の閲覧、複写、写真撮影を行った。その他にも、518民主化運動記念館内の図書館や、韓国基督教歴史文化館のアーカイブなどで史料の閲覧や撮影などを行った。また、ソウル第一教会や光州人権平和財団などに訪問した際や、インタビューを行った際に、史料や本を多数寄贈していただいた。

韓国学中央研究院

韓国学図書館

3.調査で得た知見:「韓国カトリック教会」の民主化運動とする限界

 民主化運動史全般を扱う博物館では、神父や司祭団の活動が数多く紹介されており、民主化運動に積極的に関わってきた主要なアクターとして印象づけられる展示が多かった。特に、ソウルの民主化運動記念館の「民主の記憶」という展示では、天主教原州教区、原州園洞聖堂、天主教正義具現全国司祭団、カトリック労働青年会(JOC)、明洞聖堂などの展示があり、正義具現司祭団は「韓国社会の民主化の過程に大きく寄与してきた。1970年代から言論、学生、女性、労働者の人権を保護し、社会正義を実現するのに先頭に立った代表的な例だ。(…)韓国社会の民主化と社会正義を実現するための献身的な活動」をしてきたと説明されるなど、往々にして高い評価を受けていた。また、カトリック教会史の博物館(ソウル・仁川・光州)全てに民主化運動に関与した運動史が展示されており、肯定的な歴史として自己評価している点が見受けられた。

 ただ、民主化運動の博物館にしてもカトリック教会史の博物館にしても、これらの展示は聖職者を中心に描かれることが多く、こうした展示からは教会全体が運動に賛同したかのような印象を受けやすい。しかし、インタビュー調査などを通じ、これらの歴史叙述が後景化している平信徒運動、教会内の多様性(教会内からの民主化運動の展示への批判)、教会外との連帯の歴史が存在していることが分かった。また、後述する理由から教会のメンバーが関与した運動を「韓国カトリック教会」全体の運動と定義づけることには限界があると考えられる。

3-1. 傘下組織の存在

 カトリック教会に属したメンバーが民主化運動に積極的に参加したことは事実であるが、当然ながら教会の構成員全体が運動に関わったわけではなかった。そもそも、正義具現司祭団は韓国カトリック教会の公式団体ではなく、また聖職者だけが運動に関わったわけでもなかった。正義平和委員会、JOC(カトリック労働青年会)、AFI(国際カトリック兄弟会)など、カトリック教会の傘下組織や平信徒団体(lay association)に属する信徒も民主化運動に積極的に参加しており、各国に置かれた組織間で連帯を行っていた。インタビュー対象者が、「教会の運動」よりも自らの属していた傘下組織の運動史を語っていたことも、その側面の一端と言えよう。

3-2. 教会外に開かれた運動:エキュメニカルな実践と連帯

 また、博物館では神父や司祭団の運動が、労働・農民・女性運動と並列された「在野・宗教家運動」としてカテゴライズされていた。もちろん、カトリック教会独自のネットワークを通じた運動、連帯、情報交換があったことも事実であるが、プロテスタント教会、聖公会といった他教派とのエキュメニカルな実践、また仏教指導者や、労働団体、都市貧民団体など宗教の枠を超えた連帯を行っていた。

 また、「世界の中の教会」を目指した教会は、信徒外の人々も集まれるカトリック会館を建立し、仁川では本会館が70・80年代の民主化運動の中心地にもなった。カトリック教会のネットワークを通じた独自の運動がありつつも、様々な団体との関わりがあったのである。

3-3. グローバルな運動としての民主化運動

 最後に、「韓国教会」の民主化運動史と評価することの是非についてである。仁川天主教歴史館では、仁川の教会が民主化運動に関わるようになったのは、グローバルな教会変革の機運を作り出した第二バチカン公会議の影響が大きいとして、公会議を教会の「コペルニクス的転回」と表現していた。本博物館では、公会議以前の歴史を1階、以後の歴史を2階に展示し、訪問客が階段を上がった先に改革された新しい教会の姿を見せるという工夫も行っており、グローバルな教会の中に韓国教会・仁川教会を位置づけていた。また、この当時民主化運動に積極的に関与していたJOCは、南米の解放の神学とも思想的つながりを有しており、インタビュー対象者はJOCなどの国際機関で学んだ運動の方法を韓国でも適応したとしている。

 また、博物館でもインタビューでも、日米独などの国における教会や在外コリアンとの繋がりが強調されていた。こうしたトランスナショナルな運動としての民主化運動という視点は重要であり、「韓国教会」という一国史観的な評価にも限界があるだろう。

ジョンイルビルでの企画展示「証人:国境を越え(Witness : Beyond Borders)」。

宣教師によるトランスナショナルな運動が紹介されていた。

4.今後の課題

4-1. 反省点

 もともとタイトなスケジュールで計画を立てていた上、雪だるま式に人脈が広がっていったため当日の予定変更が多く、当初計画していた場所を1か所訪問することができなかった。また、多くの場所を回りインタビュー調査を行ったため、フィールドノートを書く時間を十分に確保できず、帰国後まとめることになった。もう少し余裕のある計画を立てるべきであった。

4-2.今後の調査

 日韓のトランスナショナルな運動に関する史料は、韓国ではなく日本に存在するとのお話を何件か聞いたため、日本で韓国民主化支援運動を行っていた団体での史料収集やインタビュー調査を行う。