menu close
MENU

院生のフィールドレポート

エジプト / カイロ

報告者:

阿部 優子(アベ ユウコ)
グローバル・スタディーズ研究科 地域研究専攻 博士後期課程

調査・研究課題名:
現代カイロの街区で人びとが集う場とそこでのつながりに関する人類学的調査

1. 調査概要

 私は、2022年8月12日から9月9日にかけてエジプト・アラブ共和国カイロ県ダルブ・アル・アフマル地区の南東部の地域を中心に現地フィールドワークを実施した。
本調査は、カイロで庶民が居住する街区の中で、人びとが日常的に他者とどのような関係性を築き、近隣社会がいかに連帯を獲得しているのかを人類学的な参与観察および聞き取り調査の手法を用いて明らかにすることを目的とした博士後期課程での研究および来年度に実施予定である長期現地調査の予備調査として位置づけられる。これらの研究において対象とするのは、街区内にありながらその外部の人びとをも含む相互行為によって街区内の密接な関係性とともに新たな関係性も呼び込みうる小規模なモスクおよびその場を取り巻く人びとの関係性である。
そこで、本フィールドワークでは街区の一画に位置する小規模なモスクを取り巻く人びとの関係性についての調査の実施を計画した。しかしながら、調査の準備を進めていく中で、様々な研究者の方々にご助力いただき、ダルブ・アル・アフマル地区に位置する特定の近隣社会の中でコミュニティセンターの役割を担いつつあるバイトヤカン(Bayt Yakan)という場に滞在する機会を得たことから、現地では街区の小規模なモスクに限らず、バイトヤカンを含めて人が集う場所に注目することにした。そして、これらの場所に集う人びとの人間関係について人類学的な参与観察および聞き取り調査の手法を用いて調査を実施した。

2. 調査内容

2-1. 地区の小規模なモスク  住人の多くがイスラームを信仰する旧市街のイスラーム地区に位置するダルブ・アル・アフマル地区では、金曜礼拝の時間帯になると、通りにいくつかのモスクから説教の声が聞こえてくる。このいくつかの声を辿るとそこには男性たちが靴を脱いで入っていく建物がある。通りに聞こえてくる説教の声はひとつではない。このことは、近接する空間にいくつかのモスクが存在していることを意味している。

小規模なモスク外観

 小規模なモスクは、ミナレットやドーム状の屋根を特徴とするような大きなモスクとは異なり、建物の外観のみでそれと判断することは容易くはない。しかしながら、金曜礼拝は金曜モスクといった大規模なモスクだけでなく、地区の小規模なモスクにおいても行われている。私は地区の小規模なモスクがどこにあるのかを探るべく、金曜礼拝の時間帯に通りに出て、人の流れを観察した。 その結果、通り沿いにあるモスクの所在を実際に見て確かめることができた他、特定のモスクが人を集める要因および人が特定のモスクを選ぶ要因について考えるきっかけを得た。例えば、道を行く人の中には目の前のモスクを素通りして、さらに先にあるモスクに入っていく人びとが一定数いた。このことから、ある人物がどの特定のモスクに通うのかには、物理的な近接性以外の要因も関与していると考えられる。また、礼拝の時間帯に2人で連れだってモスクに入っていく人びともおり、個々人が持つ関係性もその人物が通うモスクを決める要因のひとつとみなすことができる。さらにある人物が、数ある中で特定のモスクを選択し、実際に通うという行為には、この他にも説教師の好みやある特定のモスク自体への愛着など様々な要素が複雑に絡んでいると考えられる。
こうした推察に至った一方で、実際に人びとの考えの聞き取り調査を実施することが今後の課題である。私の研究関心は、単なるモスクという場ではなく、「特定の地区の中にあるモスク」という場にある。モスクのような街区の中にあって人びとが集まる場のいくつかに着目し、それぞれに集まる人びとが誰とどのような関係性を結んでいるのかを見ていくことは、近隣社会とそれを支える人びとのつながりを捉えようとする試みに繋がる。そのため、通りがかりの人物に「なぜこのモスクに通うのか」を尋ねるのではなく、ある人物がこの地区でどのような立場にあり、誰と関係を結んでいて、モスクを含む地域のどの場所に頻繁に出入りするのかを今後、総体的に理解していく必要があると考えている。

2-2. バイトヤカン

 バイトヤカンは、ダルブ・アル・アフマル地区の南東部に位置するスーク・シラーハ通りに面した建物である。エジプトにおけるムハンマド・アリー朝時代(1805-1953)に王族軍事官僚を務めたヤカンという人物が建設および改築したとされる、この歴史ある建造物は、現代においてエジプト人の建築学者による修復が行われた。そして2016年から現在にかけては近隣住人に向けて門が開かれ、敷地内の中庭や広間などでワークショップが頻繁に開催されている。
私自身が滞在した1か月間でも数タイプのワークショップが実施され、近隣住人の人びとが多く訪れていた。こうしたワークショップには親世代に向けて、男女別日で開かれる街づくりを意図したものもあれば、4~17歳ぐらいの子どもや大人の主に女性向けに開かれ、イスラーム的なモザイク画や陶芸、金属加工といったアートやその他ダンス、演劇といった文化的なものに親しむことを意図したものもあった。このようにバイトヤカンは、周辺に暮らす人びとの集う場として機能し、コミュニティセンターの役割を担っているということができる。そこで本調査ではこの場所にどのような人びとが訪れているのかについて参与観察を行い、またこの場所に集まってくる人びとに簡単な聞き取り調査を実施した。

街づくりワークショップでのグループワークの様子

本調査時にバイトヤカンに主に出入りしていたのは、ワークショップに参加する子どもたちおよび大人の女性であった。バイトヤカンでは、危険な工事を行う際には、訪れてくる近隣住人に危険が及ばないよう、入場を制限するべく建物の扉を締める対応をするという。しかしそのような状況において、人びとは危険でも構わないから扉を開けてほしいと強く要望したという。この事例から、人びとがいかにバイトヤカンを日常の中で重要な場のひとつとして捉えているかが伺える。
 このようにバイトヤカンは近隣住人から求められる場所であると言えるが、調査のなかで、この場所には近隣住人以外にも様々な人びとが出入りしていることが明らかになった。ある人は各ワークショップの内容に関心を持って、少し離れたところからバイトヤカンを訪れる。各ワークショップの講師の人びとはカイロの他の地区からやってくる。加えて、主に建築学を専攻し、近隣住人の人たちとともに歴史的建造物を保護していくことに関心を持つ研究者たちも頻繁に出入りしている。さらに、バイトヤカンの修復活動やここでの社会的な試みを知ってもらうべく、国の役人が招待されて訪問することもある。また、稀ではあるが、歴史あるバイトヤカンの建物の見学をしに観光客も訪れる。こうした来客および観光客や異邦人がこの場所を訪れることに対し、近隣住人で頻繁にバイトヤカンを訪れている人びとの中で否定的な抵抗感を示している人物は少なく、バイトヤカンには様々な場所からやってくる他者を受け入れる、開かれた雰囲気が感じられた。

3. 調査によって得られたもの

 本調査では研究対象への知見をはじめ、以下の3点を得ることができた。
まず1点目は、人が集まる具体的な場所に関する知識および「近隣コミュニティ」概念に接近するための「場所」への注目という視点である。実際にカイロの庶民街に1か月間、身を置いたことで、街区の中には人が集まる場が様々に存在すること、そしてそれぞれの場所を起点にした人びとの関係性が構築されているという考え方を体感しつつ学ぶことができた。このことから発展して、様々な場所を起点にしたそれぞれの関係性がいかに混ざり合っているのかを明らかにしていくことで、人びとの生活に根差した「近隣コミュニティ」への接近を試みることができるのではないかという考えに至った。
2点目は、人びとの「通り」への意識の存在に対する気づきである。イスラーム都市における伝統的街区では通りを共有する家屋に暮らす人びとが独自の共同体意識を持つとされていたが、本調査においても、通りを基盤とする仲間意識を感じられるような人びとの発言を耳にした。このように現代においても通りを共有することが喜びをもって語られることから、その地域意識の在り方を知ることができた。
3点目は、次回以降の調査に繋がる関係性の構築である。今回の滞在では、自分自身が調査地に慣れ、近隣住人の人びとと知り合いになり、次回の調査に繋がる関係性を築くことができた。また、ここまで述べた今後の調査の足掛かりとなるような知見は、調査地の人びととの交流や現地で出会った研究者の方々との対話によって得られたものが大きい。こうした点は実際に現地に出向かなければ決して得ることのできないものであり、今後の長期的な現地調査の準備として非常に重要な側面であった。

4. 調査の反省と展望

 本調査では上述のように次回の調査に繋がる関係性を築くことができた反面で、以下のような反省点も挙げられる。それは、現地の人びと各々が近隣社会のなかでどのような立場にあり、それぞれがどのような関係性を取り結んでいるのかを把握しようと努めたものの、十分に理解するには及ばなかったということだ。本研究が対象とする「人びとの関係性」を調査する上では、このような個々人同士の関係性を捉えることは必要不可欠である。しかし、そのためには、現地への長期滞在に基づく更なる信頼関係の構築が重要である。そこで今後の調査では、本研究で得た知見や気づきを踏まえ、それらをより深めると同時に、調査地内の人びとの関係性に注目し、継続した調査を行っていきたいと考えている。

(2022年度フィールドワーク・サポート 現地レポート)