グローバル・スタディーズ研究科 地域研究専攻 博士前期課程
加藤 久蔵
1. 調査概要
ブラジルの軍事政権は1964年のクーデターから約21年間続いた権威主義的な統治体制である。軍事政権時代は時期によって程度の差こそあれ、反体制派に対しての国家規模での検閲や勾留を通じた政治的弾圧が行われた。反人種差別や既存の人種間不平等の是正を掲げた黒人運動も反体制的な運動として抑圧された。アフリカ系ディアスポラの文化にルーツを持つサンバなどの音楽や書籍での表現は検閲対象となった。
これらを踏まえ本調査では軍事政権下でのブラジルにおける黒人運動およびサンバを中心としたアフロブラジル文化表現の分析を目的とした。また調査対象を軍事政権時代のみに絞らず、現代を含めたより広範な内容でのアフロブラジル文化に関する文献調査やインタビューを通じた情報収集を行った。

図1 リオデジャネイロのGamboa地区

図2 リオデジャネイロのヴァロンゴ埠頭に設置された黒人奴隷のモニュメント
2. 調査日程
2026年2月10日から2月24日にかけてブラジル連邦共和国リオデジャネイロ州リオデジャネイロ、サンパウロ州サンパウロ、リオグランデドスル州カシアスドスルでフィールドワークを実施した。2月13日から2月17日はカーニバルの期間と重なり、2月16日および17日にはリオのカーニバルのパレード会場であるSambódromoを訪問した。
2月10日:サンパウロ州グアルーリョス空港より入国
2月10日―2月12日:カシアスドスルに滞在
2月12日―2月14日:サンパウロでの調査
2月14日―2月22日:リオデジャネイロでの調査
2月23日―2月24日:サンパウロでの調査
2月24日:サンパウロ州グアルーリョス空港より出国
3 調査内容と調査によって得た知見
3.1 調査方法
非構造化インタビュー、文献収集および博物館、資料館における調査を行った。
3.2. サンパウロにおける調査
サンパウロでは書店および資料館での文献資料の収集、博物館への訪問およびインタビュー調査を行
った。インタビューは主にサンバの楽器店や知人の紹介により計4名に行うことができた。うち1名は30年以上に渡りサンパウロのLuzにある楽器屋に勤めた人物であり、1970年代のサンバについての詳細なインタビューを行うことができた。
軍事政権時代の人権侵害に関する記録、展示を行うサンパウロ抵抗運動記念館(Memorial da Resistencia)では図像資料やインタビュー映像記録を見ることができた。また同館に所属する研究者にフィールドワーク調査に関する助言をいただき、併設する図書館に所蔵された資料を閲覧、記録することができた。ファヴェーラ博物館(Museu das Favelas)ではフランツ・ファノンに関する展示が行われており、その内容からブラジルにおけるアフリカ系の人種意識の現状や歴史認識を学び取ることができた。複合社会福祉施設であるSESC de 24 de Maioにおいては1980年代のヒップホップに関する展示イベントが行われており、軍事政権時代末期における黒人文化表現の政治的な側面に関する内容も盛り込まれていた。そのほかにもイタウ文化センター(Itaú Cultural)での展示、カーニバルにおける芸術、音楽表現に関する展示が行われたサンパウロ州立博物館に訪問することができた。またパウリスタ通りやリベルダージ地区、セントロ地区、テオドロ・サンパイオ通り、地下鉄ルス駅周辺の書店等で文献資料の収集を行った。

図3:サンパウロの抵抗運動記念館

図4:抵抗運動記念館における展示

図5:ファヴェーラ博物館
3.3 リオデジャネイロにおける調査
リオデジャネイロではサンパウロと同様に資料収集、インタビュー調査を行った。加えてリオのカーニバルでの参与観察と聞き取り調査も行った。リオのカーニバルはCovid19の流行により中止となった2021年を除き毎年行われており、Sambódromo da Marques de Sapucaíと呼ばれる会場でのパレードと路上でのブロコと呼ばれるカーニバルの集団での演奏が行われる。Sambódromoでのカーニバルでは各チームのパレードでの音楽と山車を通じた表現を記録するとともに、現地出身の観客計5名に話を伺った。路上のブロコに関してはリオ市北西部のヴィラ・イザベル地区、中心部に位置するグローリア地区とラパ地区、南部に位置するフラメンゴ地区、ボタフォゴ地区で参与観察を実施し、計4名にインタビューを行った。
資料収集、文献調査に関しては市内中心部の沿岸地域に位置するサウージ地区、ガンボア地区に集中する複数の博物館、資料館を基軸として行った。これらはPequena Áfricaと称され、歴史的に解放奴隷とその子孫、ブラジルの他の地域から来た黒人が集住した地域として知られる。アフロブラジル文化歴史博物館(MUHCAB)においてはリオデジャネイロおよびブラジル南東部におけるアフロブラジル文化史にまつわる展示を見学した。また同館に所属する研究員の方々に資料収集に協力いただいた他、図書館において文献の閲覧をすることができた。サンバおよびアフロブラジル宗教であるカンドンブレに関する歴史的な施設であるチア・シアータの家では案内員により展示の紹介の他、Pequena Áfricaや周辺の地域史のオーラルヒストリーに関して詳細に伺うことができた。市内北西部に位置するマンゲイラに位置するサンバ博物館ではサンバに関する歴史的な展示の他、期間限定の展示としてサンバにおける女性に関する展示も行われていた。同展示ではブラジルのブラックカルチャーにおけるブラックフェミニズムへの言及もなされるなど、サンバにおける女性に関する言説の変化に触れることもできた。その他に新黒人研究所(Instituto Pretos Novos)、リオ美術館で行われたブラジルにおけるバントゥー系文化をテーマにした展覧会、市内中心部に位置するヴァロンゴ埠頭やPedra de Salなど黒人奴隷製の記憶継承に関する史跡の調査も実施した。

図6:アフロブラジル文化歴史博物館

図7:文化施設である「チア・シアータの家」
4. 得られた知見と認識
今次のフィールドワークで実施したインタビューと文献調査を通じて、リオデジャネイロにおける人種間格差や文化でのアフリカ性の表現に対する温度差もまた明らかとなった。サンバや今回訪れた博物館に関わる研究員、あるいは歴史的に黒人が多く住む地域の住民は文化での人種問題の提起やルーツの表現について肯定的に見るものが多い。一方で軍事政権時代のアフロブラジル文化に関しては当事者からは当時の文化に対する政治的弾圧に対する否定的な意見はあった一方で、同じ地域に暮らす同年代の人物であっても今までに関心を持ったことはないという意見も見られた。もう一点明確となったことはリオデジャネイロのアフロブラジル文化の場においてアフリカに由来する伝統とは当然に存在するものあるという点である。カーニバルにおけるサンバの表現に始まり、博物館における展示や一般的な観衆の言説においても会話の節々に遺産 (Herança)や 血 (Sangue)、伝統 (Tradição)という単語が現れていた。特に今回訪問した博物館の多くが黒人文化や黒人意識に関係するということもあり、その展示内容においては黒人に対する様々な視点からの歴史、文化、伝統の記述というのが意識的になされていた。少なくとも本調査で聞き取りを行ったリオデジャネイロのサンバに関わる人々にある程度共通する部分として、アフリカ由来の伝統あるいはアフリカ性 (Africanidade)の意識というものがあると愚考する。

図8:マンゲイラに位置するサンバ博物館

図9:カーニバル会場でのサンバパレード
5. 反省点、今後の課題
反省として体調管理不足と過密日程により当初予定していたインタビューやイベントへの参加、訪問が一部できなかった。加えて調査にあたりインタビューを活用した情報収集を行う予定であったが前述の要因により十分に実施できず、調査内容の一部も当初の予定より変更する結果となった。また事前リサーチが不十分であり、カーニバル期間中はリオデジャネイロ市内の交通機関の混乱や既に閉鎖された博物館を旅程に組み込んでいたなど、不測の事態に対する十全な備えができていなかった。これらが本調査における反省点である。
本調査においては国内と現地ともに多くの方の助力のもと、軍事政権時代のリオデジャネイロ、サンパウロでの黒人運動やサンバを中心としたアフロブラジル文化に関してインタビューや資料収集を通じて広範な知見を得ることができた。今後収集したインタビュー記録と文献、映像資料を修論執筆に活用していく。