グローバル・スタディーズ研究科 地域研究専攻 博士前期課程
谷山 瑠
本調査の目的はトルコ共和国の宗教マイノリティであるアレヴィーに対する同化政策のもつ他者化の機能をハジュ・ベクタシュ・ヴェリ記念祭を通じて分析することである。アレヴィーはトルコ共和国の人口の20%ほどを占める信仰集団であるが、スンナ派イスラームとは異なる信仰実践や独自の儀礼実践からオスマン朝期には「異端」として排除されてきた。一方でトルコ共和国期においてアレヴィーは国民国家の枠組みで「真のトルコ人」として、またその信仰は「トルコ文化」として同化の対象となった。そうした同化装置の例として政府主導で開始されたアレヴィーの聖者を記念する祭りに着目する。
1925年に世俗化改革の一環としてスーフィー教団の修道場が閉鎖されたことはアレヴィーにも影響を与えたが、1950年代の政策の転換によって修道場は政府の管理の下近代的な博物館として再開されていった。同時にアレヴィーの聖者崇敬を非アレヴィーをも巻き込む形で大衆化した祭が政府主導(特に文化省)で開始され、これはアレヴィー文化をトルコの民俗文化財に組み込むことによるトルコ民族主義への取り込みを意図したものと考えられる。こうした政治性を帯びた記念祭への文化的取り込み政策は同化/他者化という観点からどのような位置づけが可能か、これが修士論文執筆に向けた本調査の問題意識/目的である。そして本調査ではその象徴的な例としてハジュ・ベクタシュ・ヴェリ記念祭に焦点を当てる。
2-1.調査対象
本研究の調査対象はネヴシェヒル県ハジュベクタシュ市にて毎年行われるハジュ・ベクタシュ・ヴェリ記念祭である。アレヴィーの聖者祭の中でも最大規模である本記念祭は1964年に始まり現在までトルコ政治と密接につながる政治性の高い祭りである。特に1990年代以降アレヴィー・アイデンティティの規制緩和に伴ってアレヴィー組織が急増し、こうした市民社会のアクターも加わったことで祭りの政治的な構造が複雑化した。そのため祭りに参加するアレヴィー組織にも聞き取りを行うことで祭りの構造図を描くことに努めた。
2-2.調査日程
*記載されていない日付は移動日またはフィールドノート整理日
*体調不良やインタビュー相手の都合により予定変更
〇イスタンブルでの調査(8月5日~7日、28日~9月1日)
・カラジャアフメト・スルタン協会での聞き取り
・シャフクル・スルタン協会での聞き取り
〇アンカラでの調査(8月7日~12日)
・アレヴィー・ワクフラル連盟役員への聞き取り
・ヒュセイン・ガーズィ廟での調査
・国立図書館と大統領府図書館での資料調査
・アレヴィーの宗教指導者デデへのインタビュー
〇ハジュベクタシュでの調査(8月12日~18日)
・記念祭参加と周辺での聞き取り
・ハジュ・ベクタシュ・ヴェリ文化協会での聞き取り
〇シヴァスでの調査(8月19日~21日)
・ピール・スルタン・アブダル文化協会シヴァス支部での聞き取り
・バナズ村にて聖者廟参詣、協会関係者への聞き取り
・ジェム・ワクフ・シヴァス支部での調査
〇コンヤでの調査(8月22日~28日)
・アフメト・タシュグン教授宅にて資料調査、修論指導
・フィールドノート整理

記念祭参加者や団体への聞き取り、また祭りに従事するアレヴィー組織への聞き取りによって記念祭を枠組みとした市民社会が入り混じったトルコ政治の構造が少しずつ見えるようになった。これは同化/他者化を行うアクターの明確化という点で重要である。特に①二つの祭りから見えるトルコ政治②アレヴィー組織の政治的立場の多様性の2つを調査結果として提示したい。
3-1. 二つの祭:「伝統的な」記念祭と「代わりの」祭り
1964年に始まった「伝統的な」記念祭(正式名称ハジュ・ベクタシ・ヴェリ記念祭・文化と芸術プログラム)はあくまでハジュ・ベクタシュをアナトリアに「トルコ文化」を広めた象徴的聖者として描く式典であった。当初から文化省や政権の政治的影響が強く、現在も最大野党である共和人民党(以下CHP)の影響力が高まっている。人々はこの近代的な聖者祭をアレヴィー・アイデンティティを表象する「伝統」として認識している。

1日目(8月16日)の18時に始まった式典挨拶においてはCHPの党首レヴェルのスピーチとイスタンブル大都市圏元市長で2025年3月に汚職容疑で逮捕されたエクレム・イマムオールからのメッセージが読まれた。他にもヨーロッパ・アレヴィー統一連盟代表のヒュセイン・マトやクルド系野党人民と平等の民主党共同代表トゥンジェル・バクルハンがスピーチを行い、国内外のアレヴィーの統一を説いた。こうした野党の党首らのスピーチは拍手と歓声に包まれたことを確認できた。
一方で2020年以降イスラーム主義を掲げる与党である公正と発展党(以下AKP)と民族主義者行動党(以下MHP)によるアレヴィーに対する政治的接近がなされている。この例として文化省管轄でアレヴィーに関する省庁が作られ、同様に記念祭にも干渉がなされている。2020年以降上記の記念祭とは日程をずらした8月12日と13日に「ハジュ・ベクタシュ・ヴェリ記念プログラム」という名の「代わり」の祭りが行われている。

このプログラムは政権下の文化と観光省によって厳重に管理されている。メイダン(広場)に入れるのは様々な都市から数十台で来るバスツアーで配られる入場カードを持つ人のみで、そのバスや宿泊場所、食事もすべて文化省によって賄われている。私も12日にアンカラを発つ三台のバスに乗ることができた。バスにてハジュベクタシュ市内に入るとMHP党首デヴレト・バフチェリが建設を進めている大規模なジェムエヴィ(アレヴィーの儀礼場所)に案内された。インタビューを行った地元住民全員がこのジェムエヴィについて信仰の場として認めない姿勢を示していた。
入口では溢れかえる地元住民や参詣者によって厳重な管理に対する小さな抗議まで発展する様子を確認できた。オープニングセレモニーには副大統領ジェヴデト・ユルマズや文化と観光大臣ヌリ・エルソイが参加し、大統領やMHP党首などは参加しなかった。
このように野党の影響力の強い「伝統的な」記念祭に対して近年なされる与党による「代わりの」祭りの2つの祭りを確認することができ、これらはアレヴィーを道具的に用いたトルコ政治の対立関係を理解することができる。

3-2. アレヴィー組織の政治的立場の多様化
1990年以降増加したアレヴィー組織は市民組織としてアレヴィーのアイデンティティ運動を支える役割を担うと同時に、政治領域にも深くかかわっていった。可能な限り多様な立場を持つアレヴィー組織にどのように記念祭に従事しているのかを聞き取り、組織の政治性に着目した。聞き取りを行ったのはスンナ派イスラーム系政権に親和的なジェム・ワクフ、歴史的にCHPとつながりを持つハジュ・ベクタシュ・ヴェリ文化協会、左傾運動の担い手によって作られたピール・スルタン・アブダル文化協会、イスタンブルにおける最大規模の協会カラジャアフメト・スルタン協会、シャフクル・スルタン協会であり政治的にも多様な組織図を明らかにしようと試みた(以下協会名は初出以外は略称)。
〇アレヴィー組織の2025年の祭りへの参加状況(カッコ内は略称)

「代わりの」祭りに参加するCEMはかなり政権に近い組織とされている。祭りにて配布されるアレヴィー信仰と歴史を紹介するパンフレットには、大統領タイイップ・エルドアンによるアレヴィーやシーア派に特徴的なムハッレム月の断食に敬意を示すスピーチが引用されていることからも政権との近さを示す一例と言える。
イスラーム主義政権に反対する組織は「伝統的な」記念祭への参加を継続しており、一方で「代わりの」祭りには否定的な考えを持っていた。2024年にハジュベクタシュ市主催で多くの組織も参加して行われた会議では、政権下の文化省とともに共同で記念祭を運営していく取り決めがなされた。しかし、この決定をもって文化省に報告へ行く際に市といくつかの組織が参加しなかったことでこの取り決めは白紙となった。その陰で最大野党CHPによる市との交渉が行われており結果的にCHPとハジュベクタシュ市による5年間にわたる記念祭の共同運営が決定されていたことをAVF役員へのインタビューで知ることができた。文化省への報告に参加をしなかったHBVKDやPSAKDなどが所属するアレヴィー・ベクタシ連合(ABF)は反政権派の組織連合であり、政権と協調関係を保つCEMとは反対の政治的立場を持つと理解することができる。
本調査での反省点は体調管理不足によってイベントや儀礼、パネルなどを含む記念祭の参与観察を十分に実施できなかったことである。また、調査協力をしてくださったタシュグン先生のお助けにより多くの人々からお話を伺う機会を得ることができたが、インタビュー時間が短く質問項目を厳選せざるを得なくなった。初めての現地調査であり実現可能な範囲での実施ができなかったことは反省点といえる。
本調査で収集した文献、インタビュー記録は修士論文執筆に活かしていく。特に「他者化」という観点からみると、政党やアレヴィー組織による祭への関与と政治化が焦点の充てられることのない現地住民の他者化・周縁化につながっているのではないかと考えた。現地住民は祭りの政治化を憂いており、それによって彼らが記念祭の政治領域から疎外されてしまっているのではないかと感じた。またアレヴィー組織への聞き取りによって政権派組織と非政権派組織との間にも「誰が真のアレヴィーなのか」という問題にはそれぞれの立場があることが分かった。記念祭という言説空間において政治家やアレヴィー系の著名人が言及する「我々」には誰が含まれていて誰が「他者」として描かれているのかより深い研究が必要である。
