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院生のフィールドレポート

カンボジア / シアムリアプ州他

報告者:

グローバル・スタディーズ研究科 地域研究専攻 博士後期課程
礒 正人

調査地:
カンボジア・ シアムリアプ州、プレア・ヴィヒア州、コンポン・トム州、コンポン・チャム州、     プノンペン都、タケオ州、カンポート州
調査・研究課題名:
古代カンボジアの変容を映し出すハリハラ神 その受容と展開

1. 調査概要

 ヒンズー教の2大神といわれるシヴァとヴィシュヌの融合神であるハリハラへの信仰はカンボジアにおいて7世紀から9世紀にかけて興隆した。2002年の修論においてハリハラ信仰の隆盛は、インドにおいても、その他の「インド化された」東南アジア諸国においても見られない特異な現象であり、その美術的表現も独特であることを明らかにした。更に、その背景には習合主義的土壌の上に王権と結びつきの強いヴィシュヌ信仰と土着信仰とも親和して民衆の信仰を集めたシヴァ信仰の双方の崇尊の対象として、特に扶南から真臘への権力移行期にその隆盛を迎えたとの仮説を提示した。
 しかしながら、その後存在が明らかになった複数の彫像及び刻文を含む考古学的発見を踏まえて再検証する必要に迫られており、今次フィールドワークにおいて、これまで先行研究等で発表されていないハリハラ神像を中心に調査を実施した。
 今次フィールドワークを通じ、相当数のハリハラ神像が発見・収蔵されており、その大きさ、美術様式には多くのバリエーションがあることが判明した。このことはハリハラ信仰が想定していたよりも空間的にも時間的にも広がりを持っていた可能性を示唆しており、今後の研究において検証すべき重要な事項の一つであることを確認した。

2. フィールドワークの目的と概要

(1)アンコール国立博物館(シアムリアプ)、保存事務所(シアムリアプ)、王立博物館(プノンペン)に於いて資料を調査、ハリハラ神像の写真撮影、計測を行う。
(2)Asram Moha Rusei(タケオ州), Sambor Prei Kuk(コンポン・トム州)等代表的なハリハラ神像が発見された遺跡を再訪し、ハリハラ神像がどのように祀られていたかを考察すると共に、同時代の建築の特徴、アンコール期の建築物との相違を調査する。
(3)カンボジア中部、南部の遺跡を踏査し、カンボジアの古い時代における信仰形態とハリハラ信仰との可能な繋がりを考察する。

3.調査日程

調査先
カンボジア(詳細下記日程参照)

調査期間
2025年8月5日~8月19日(8月5日シアムリアプ着、18日プノンペン発)

調査日程
8月6~8日:アンコール遺跡群、ロリュオス遺跡群、
     ベンメリア(Beng Mealea)遺跡(シアムリアプ州)調査
     プレア・ノロドム・シハヌーク・アンコール博物館、アンコール国立博物館、
     アンコール保存事務所において収蔵品調査 (シアムリアプ市)
   10日:大プリアカン(Preah Khan in Kampong Svay)遺跡(プレア・ヴィヒア州)調査
   11日:サンボール・プレイ・クック遺跡群(コンポン・トム州)調査
   12日:Kuk Preah Theat遺跡, Han Chey遺跡,
     Banteay Prei Nokor (Nokor Bachey) 遺跡(コンポン・チャム州)調査
14~15日:プノンペン王立博物館調査、資料収集
   16日:Phnom Da遺跡, Asram Moha Rusei遺跡, アンコール・ボレイ博物館(タケオ州)調査
     Prasat Phnom Totong,遺跡、Prasat Phnom Khyang遺跡(カンポート州)調査
   17日:Prasat Phnom Chhngork遺跡(カンポート州)、Prast Phonm Bayang遺跡(タケオ州)調査

4.調査で得られた知見

(1)博物館等におけるハリハラ神像の調査
シアムリアプ及びプノンペンの博物館において20を超えるハリハラ神の彫像を調査し、撮影・計測することができた。今回調査で、従来知られていた代表的な石像の他にも多くの石像が発見されており、2m弱の著名な展示品から35㎝程度の物まで、その大きさ、美術様式にも多くのバリエーションがあることが判明した。
 発見された場所が特定されている石像は多くないが、それでも南部から北西部バッタンバン州まで多地域に亘っており、(今回の調査の対象ではないが)ベトナム南部、コーラート平原(タイ)での発見例もあることから、ハリハラ神が広い地域で信仰されていたことを示唆するものと考えられる。他方で、頭部のみが残っており、頭髪以外に美術様式を特定できないものも多く、彫像の制作年代は、美術様式やプロポーションによる推定では不十分で、使用された石材の科学的分析が必要との認識を新たにした。
 パリのギメ東洋美術館に展示されていたPhnom Daのハリハラ神の頭部(写真1)が2016年に移管、修復されて全身像が展示されていたことは文化遺産のrepatriation(写真2)の象徴的事例。

(画像1)
(画像2)

(2)遺跡群踏査
. アンコール遺跡群
 アンコール歴史公園としての整備が進んでおり、幾つかの遺跡で保存・修復に進展が見られた。他方で遺跡の一部で壁画等の劣化が進んでいる箇所もあり、遺跡の保存の難しさを再認識した。
 上智大学によるアンコール・ワット西参道修復の技術面での困難及び関係当局との調整の経緯について説明を受け、国際協調により行われているアンコールの保存・修復の特異性と修復事業でえられた知見の継承の重要性を認識した。

. ベンメリア(Beng Mealea):修復が進められているものの、大型の石材を贅沢に使用しているが故に、修復が極めて困難であることが見て取れた。近傍の砂岩の採石場跡は、当時の採石方法を想像させる痕跡が残されており興味分かかった。

. 大プリアカン遺跡群:アンコール遺跡群外で最大規模と言われる同遺跡を初めて訪れた。鉄の産出地であり、遺跡内でスラグを見かけた他、石材を固定する鎹の使用例を見ることができた。遺構内の不当沈下による遺跡の損壊も目の当たりにした。遺跡群内の仏陀四面立像(Preah Chaktomuk)はフン・セン前首相の寄進により修復されていた(画像3)。

(画像3)
(画像4)

エ. サンボール・プレイ・クック遺跡群:30年ぶりに訪れたため修復の進展に感銘を受けた。ハリハラ神像のレプリカが安置された祠堂N10は往時の姿を彷彿とさせるものであったが(写真4)、UNESCO等はレプリカの設置には否定的の由で、カンボジア人の参拝者にとって遺跡のどのような保存・修復が望ましいのか考えさせられた。

オ. コンポン・チャム州のKuk Preah Theat(画像5)とタケオ州のAsram Moha Rusei(画像6)はカンボジアでは稀有の玄武岩による遺跡であり、南インドの建築様式の強い影響が指摘される玄武岩の遺跡が何故コンポン・チャム州とタケオ州に残っているのかは、後者からギメ東洋美術館展示のハリハラ神像(画像7)が出土していることから、ハリハラ信仰の受容と伝播にも関わる謎であり、両遺跡の部材の比較・分析の先行研究を踏まえ、2つの遺跡の関係について更に調査を進めたい。

(画像5)         (画像6)          (画像7)

カ. カンポート州の洞窟遺跡は、自然石(鍾乳石)をリンガに見立てた、初期のシヴァ信
仰形態を想像させるものであった。供物等が置かれていることは、今日に至るまで近隣住民の信仰の対象であることが看取された。また遺跡へのアプローチは要人(ホー・ナム・ホーン元外相)の寄付により整備されており、このような遺跡の保護が民意を得る上で重要であることが推察された。」

キ. Phonm Bayangは604(~605)CEと624(~625)CEに言及のあるK.13を始めとする複数の碑文が発見されている比較的規模の大きい遺跡で、山岳信仰との関係等7世紀初めのシヴァ信仰を考える上で示唆に富む遺跡であった。現存するレンガの祠堂にはサンボール・プレイ・クック遺跡群におけるものと類似の「飛ぶ宮殿」の浮彫が見受けられた。