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院生のフィールドレポート

インドネシア /東ヌサトゥンガラ州 他

報告者:

グローバル・スタディーズ研究科 地域研究専攻 博士後期課程
織田 悠雅

調査地:
インドネシア共和国 東ヌサトゥンガラ州、中ジャワ州、ジョグジャカルタ特別州
調査・研究課題名:
現代インドネシアの宗教間関係に関する人類学的考察 ~ジャワ・フローレスの地域間比較とカトリック巡礼地~

1. 調査概要

 本調査は、2024年8月28日から9月18日にかけて、インドネシア共和国東ヌサトゥンガラ州、中ジャワ州、ジョグジャカルタ特別州に滞在し実施したものである。本調査の目的は、インドネシアにおいて2000年代後半以降に展開する宗教的不寛容の高まりが、ミクロ社会においてどのように展開しているのかについて、参与観察や聞き取り調査によって明らかにすることであった。その具体的な調査内容としては、1)ジャワにおけるカトリック巡礼地建設をめぐる関係、2)宗教的多数派と少数派が入れ替わる2地域における関係、の2点について検討することであった。4回目の訪問となったジャワ地域と違い、初訪問の東ヌサトゥンガラ州フローレスでは調査が想定通りの調査遂行が困難な部分もあったが、インドネシア・カトリック教会の一大拠点であるフローレスを訪問し調査できたことで、インドネシア・カトリック教会の全体像をつかむための視点を得ることのできた貴重な機会となった。

2. 調査旅程

  • 8/28-8/30:羽田空港⇒シンガポール・バリ・エンデ経由⇒マウメレ
  • 8/31-9/5:東ヌサトゥンガラ州シッカ県マウメレ滞在
  • 9/5-9/6:マウメレ⇒エンデ・バリ経由⇒ジョグジャカルタ国際空港
  • 9/6-9/11:中ジャワ州マゲラン県S町滞在
  • 9/11-9/18:ジョグジャカルタ特別州スレマン県滞在
  • 9/18-9/19:ジョグジャカルタ国際空港⇒シンガポール経由⇒羽田空港

3.調査内容

①インタビュー調査

  • 慣習法的実践とカトリックとしての宗教実践に関する聞き取り(マウメレ)
  • 異宗教間結婚の経験に関する聞き取り(ジョグジャカルタ)
  • 巡礼地建設をめぐる協力・対立に関する聞き取り(ジョグジャカルタ)

②文献収集

  • レダレロ出版:フローレス島における、歴代司祭らの伝記、教会史関連書籍、教会と政治関連書籍などを購入。
  • カニシウス社(カトリック系出版社)売店:教会史関連書籍、教会と政治関連書籍購入。
  • Kolese St. Ignatius図書館(イエズス会高等神学院併設図書館):カトリック巡礼地の発展に貢献した、マングンウィジャヤ司祭関連の書籍・論考を中心に閲覧。複写と写真撮影。
  • Gramedia(一般書籍、教育書籍の販売書店):教皇のインドネシア訪問に合わせて出版された書籍を2点購入。

③教会活動の参与観察

  • 主日ミサへの参加(3か所)
  • 初金曜日ミサへの参加
  • 国家聖書月間(Bulan Kitab Suci Nasional, BKSN)の集まりへの参加

④巡礼地の訪問

  • すべての民の御母像(東ヌサトゥンガラ州シッカ県)
  • レラのファティマの聖母(東ヌサトゥンガラ州シッカ県)
  • ガンジュラン寺院(ジョグジャカルタ特別州バントゥル県)
  • 愛の母聖母寺院(ジョグジャカルタ特別州バントゥル県)

4.調査で得られた知見・視点

①新設されたカトリック巡礼地をめぐる宗教間関係の実例:紛争回避のための実践
 今回の調査では、昨年建設された新しいカトリック巡礼地(ジョグジャカルタ特別州バントゥル県)を訪問し、管理人の信徒の方から話を伺うことで、建設の経緯や、建設過程の中におけるカトリック信徒たちの宗教間関係への対応や工夫について聞き取ることができた。
 まず、巡礼地を含む一帯の土地は、森を切り開いた段々状の地形になっており、一番上段で通りから見える場所が駐車場、2段目3段目がカトリック信徒たちの墓地、4段目に火葬後の灰を保管し祈りをささげるための聖堂が、通りからは全く見えない最下段の5段目に巡礼地であるマリア像を安置する寺院が位置していた。
 巡礼地としての寺院が建設されたのは昨年(2023年)のことであるが、巡礼地を含む一帯の土地をカトリック信徒たちが購入し活用するようになったのは、20数年ほど前のカトリック信徒向けの墓地建設がきっかけであった。当時、近隣住民の一部に不寛容な人がおり、カトリック信徒たちは地域にある公共のお墓に受け入れてもらえなかった。そこで、近隣住民から許可を取り、ムスリム住民から森であった現在の土地を購入して、墓地を作ることになった。年数が経つにつれて墓地が手狭となったため、埋葬から8年後に掘り起こして綺麗に整えてから火葬を行い、その灰を保存する方式にすることで、新たなお墓を作るスペースを確保するようになった。その際発生した灰を保存しておくための聖堂が2年前に建設された。
 そして昨年、この土地に巡礼地建設が行われた。寺院は最下段に建設されたが、その理由として管理人の方が語ったのが、通りから見えにくいところに作ることで宗教間の紛争を回避するということだった。当初の予定では、聖堂の一段上にあたる上から3段目のスペースに建設することになっていた。しかし、3段目では通りから見えてしまうということで、最下段へ建設場所を変更したという。確かに調査者の訪問時も、通りから見てどこに寺院があるのかが全く分からず、4段目から寺院に至る階段を降りることで初めて寺院の姿を見ることができた。
 建設に当たっては、近隣住民に連絡し、寺院のモデルとなったガンジュラン寺院へ連れていき、こういうものを作るのだということを説明するなどの努力を重ね、行政からの建設許可に必要な近隣住民の署名を集めたというエピソードを聞くことができた。また、実際の建設時には、カトリック信徒だけではなく、ムスリムの近隣住民も建設に協力した。建設後に催された司教による祝福ミサの際には、聖堂で司教がマリア像を祝福したのち、ムスリムの住民が一緒に下まで像を担いで寺院に安置したということであった。
 今回の例からは次の3点、①お墓探しという宗教的少数派が抱える課題から土地の歴史が始まっている点、②巡礼地の建設予定地等において宗教間関係を刺激しないような工夫がなされている点、③実際の建設過程や創設後の式典などには近隣住民の協力がみられる点、をうかがい知ることができた。一方で、今回の聞き取り調査では、そのように宗教間の紛争回避のための工夫が必要な地域であるにもかかわらず、なぜ巡礼地を新設することになったのかの経緯や理由について理解することができなかった。この点については今後の調査課題としたい。

写真①:昨年建設されたカトリック巡礼地。
写真②:寺院の形をしており、中にマリア像が安置されている。

②インドネシア・カトリック教会の全体像をとらえる視点:カトリック系出版文化の広がり
 今回初めて訪問した東ヌサトゥンガラ州のフローレス島は、インドネシアでは珍しい、人口の多数派をカトリックが占める地域である。それゆえ、現地文化とカトリック教会の関係、司祭養成と宣教師としての派遣、独自のカトリック系出版文化などについて知見を広げることができた。本節では特に、出版文化について取り上げる。
 今回訪問したシッカ県は、フローレス全島のカトリック司祭養成拠点である。そのため、神学生が共同生活を行う神学校が数多く立地し、その中心に哲学や神学を学ぶ高等教育機関としてレダレロ哲学・クリエイティブ技術大学(Insitut Filsafat dan Teknologi Kreatif Ledalero)がある。この大学の出版部門がレダレロ出版(Penerbit Ledalero)である。
 今回はこのレダレロ出版の倉庫を訪問し、書籍の閲覧や購入を行った。その際ジャワ島では流通しておらず認知されていない本が多くあることを発見した。特筆すべきは、インドネシア・カトリック教会史の大書である、オランダ人神学者のステーンブリンク(Steenbrink)によるインドネシア・カトリック教会史三部作が翻訳され、出版・販売されていたことである。このステーンブリンクによる三部作は英語で出版されたものであり、ジャワ島においては主に英語で読書ができる層の人たちのみが存在を把握しているものである。後日ジョグジャカルタにあるカトリック系図書館でも所蔵状況の確認を行ったが、英語版があるのみでインドネシア語版は所蔵されていなかった。この他にもフローレス島の調査をもとに描かれた民族誌のインドネシア語訳や、フローレス島での宣教活動をおこなった宣教師たちの伝記、中にはインドネシア・ナショナリズムとカトリック教会の関係に関する思想的な学術書なども取り扱われており、インドネシア語で展開する独自のカトリック系出版文化の存在を認識した。
 調査者はこれまで主にジャワ島で調査を実施してきたため、インドネシア語で展開するカトリック系出版について、ジャカルタを拠点とするオボール社(Obor)、ジョグジャカルタのカニシウス社(Penerbit Kanisius)を中心にとらえてきた。しかし、今回フローレス島を訪問しそこで広がる独自の出版文化や思想的潮流を見ることができたことで、ジャワ島内の出版物だけではなくフローレスも含めたインドネシア全体で展開するカトリック系出版物に目を向けていく必要性を実感した。

写真③:レダレロ出版の倉庫にて
写真④:フローレス島シッカ地方の衣服を着た聖母マリア像。

5.調査の反省

 今回の調査の反省点は、初訪問で土地勘がなかったことや事前の調査設計が不十分であったことから、フローレス島での宗教間関係に関する聞き取り調査を十分に実施することができなかった点であった。カトリックが圧倒的に多数派を占める地域の特性上、ムスリムの方々と会うこと自体が稀であったため、カトリック多数派社会における宗教間関係に関して思うように調査を行うことが困難であった。しかし、街中ではあまり見かけないムスリム女性が商店の店頭ではよく見かけること、ジャワでは考えにくいカトリック神学校への州政府による資金的援助を目にするなど、ジャワとは違った宗教的世界が広がっていることを理解することにつながる訪問でもあった。今後は、ネットワーク構築や調査プランの練り直しを行いながら、継続的にフローレス島での調査を実施することで、今回残された課題に取り組んでいきたい。