阿部 達也(アベ タツヤ)
グローバル・スタディーズ研究科 地域研究専攻 博士前期課程
2022年8月、今回の本来の調査目的であるメンズィル教団の調査を一通り終えた私は、よりクルド的なイスラームの伝統を求めて、メンズィルのあるアドゥヤマンからより東部に位置する都市に向かった。そして、辿り着いたのがマルディン県に属するクズルテぺである。クズルテペ(Kızıltepe)は、クルド語ではコセル(Qoser)と呼ばれ、ファルキーン(Farqînî)、ティッロ(Tillo)、ノルシン(Norşîn)、オヒン(Oxîn)と並んで、クルド的なイスラームの伝統を保持するクルド系マドラサ(Kürt Medreseleri)の中心地として知られている。
クズルテペに到着した私は、クルド系ヌルジュ団体であるゼフラ財団(Zehra Vakfı)のイスタンブルの学生寮で知り合ったチチェキ氏に連絡した。というのも、チチェキ氏の家族は、クズルテペでも有数のウラマー家系であり、チチェキ氏の伯父であるメフメト・ハリール・チチェキは、クルド系マドラサに関する有名な著作『東部マドラサの経験(Şark Medreselerinin Serencamı)』を書いた著名なウラマーであった。連絡すると、すぐさまチチェキ氏はクズルテペにあるクルド系マドラサを紹介してくれ、4日間のマドラサ滞在が決まった。

私が滞在したクルド系マドラサは、ナクシュバンディー・ハーリディー教団のシャイフ・ムハンマド・エミン・ハイダリー(Şeyh Muhammed Emin Hayderi, 2003年没)に属するマドラサであった。ハイダリーのマドラサは、ファルキーンが中心地であるが、クズルテペをはじめとする他のクルド地域にもそのマドラサの支部が存在するようである。それらマドラサを所有しているシャイフ・ムハンマド・エミン・ハイダリーは、シリアのシャイフ・アラアッディーン・ハズナウィー(Şeyh Alaaddin Haznevi, 1969年没)からイジャーザを得たナクシュバンディー・ハーリディー教団のシャイフとして知られているが、クルド語のマウリードを書いたクルド文学者としても有名である。


クズルテペのハイダリー・マドラサは、セイダ(seyda)と呼ばれる2人の教師によって管理されており、25名程度のフェキーと呼ばれる学生がマドラサで学んでいた。フェキーの多くがクズルテペ、ディヤルバクル、ヌサイビン、バトマンから来ており、フェキーの年齢層は平均12〜20歳前後である。また訪問した時期が夏休みであったために、マドラサの卒業生や、クルアーンを学び始めたばかりの子供もマドラサに来ていた。

ハイダリー・マドラサの1日は、ファジュルの礼拝から始まる。ファジュルの礼拝後、一通り掃除をし、朝食までマドラサのカリキュラムにあるイスラーム学の本を読み進める。朝食後、セイダがマドラサにやって来て、フェキーが学んでいる本にしたがって個別に授業を与える。セイダは、アラビア語で書かれている本をクルド語で解説していた。セイダとフェキーは、私には気を遣って時々トルコ語を話してくれていたが、マドラサにおける言語は完全にクルド語であった。そして、私はフェキーの学んでいる本の順番や名前から、ハイダリー・マドラサで教えられているカリキュラムが、伝統的なクルド系マドラサのカリキュラムとほとんど一緒であることに気づいた。セイダがフェキーに個別に授業を与えている間、他のフェキーは、自分が学んでいる本をマスターしたフェキーとピア・ラーニングという形でその本に関して議論することで理解を深めていた。これがズフルの礼拝まで続く。ズフルの礼拝と昼食後、フェキーにはアスルの礼拝まで休息が与えられる。アスルの礼拝後、明日の授業に備えてフェキーは、学んだ部分の暗記に入る。暗記は眠気を誘う作業のため、歩きながら行われることが多い。マグリブ礼拝の後は、夕食の時間である。夕食は、マドラサの近隣に住む人々が賄っていた。フェキーのための食事が、近隣の人々の援助によって賄われることは、クルド地域の伝統の一つでもある。夕食後は、クルアーンやハイダリーのマウリードが詠まれ、イシャーの礼拝後は、タフスィールの授業が与えられていた。
このように続くマドラサの学習カリキュラムは、平均7,8年かかり、マドラサのカリキュラムの最後の本を学び終えたフェキーは、ディヤルバクルにいるシャイフからイスラーム学のイジャーザと、学問人の象徴である白いターバンが与えられ、モッラー(mele)となる。しかし、トルコ共和国においてマドラサは公式に認可されていないため、マドラサを終えた人は通常、公務員試験を通して公式のイマームを目指す。また、マドラサを終えた人の中にはタサウウフの道を志す人もいるが、マドラサ教育の段階において、ナクシュバンディー教団の入門儀式であるタウバはあっても、タサウウフに関する本が教えられること、ナクシュバンディー教団の重要な修行法であるズィクルやハトム、ラービタなどは見られなかった。


以上が、ハイダリー・マドラサを事例としたクルド系マドラサに関する調査報告である。
今回の調査の反省点は大きく2つある。1つ目は、クルド系マドラサに関する研究を事前により読んで知っておくべきだったこと、2つ目は、マドラサの著作を調査するためにアラビア語をもっと知っておくべきだったことである。
以上の反省点を踏まえ、次回以降のより良い調査に向けてより勉学に励みたいと思う。
(2022年度フィールドワーク・サポート 現地レポート)