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院生のフィールドレポート

ブラジル / リオデジャネイロ

報告者:

重田 実麗(シゲタ ミレイ)
グローバル・スタディーズ研究科 地域研究専攻 博士前期課程

 私は、2019年9月13日から25日までの約10日間、ブラジルのリオデジャネイロ市のファヴェーラ・サンタマルタでフィールドワークを行いました。目的は、サンタマルタで観光業を営む住民へのインタビューと、彼らの仕事の参与観察でした。
 リオには、ファヴェーラと呼ばれる都市スラムが1,000以上あるといわれています。低所得者層による不法占拠を起源とする集合住宅でさまざまな行政サービスが欠如しているという点は共通していますが、それぞれ異なる歴史をもち、拡大形態も規模も多様です。私の研究では、市内南部ボタフォゴ地区に位置するサンタマルタというファヴェーラに着目し、拡大の歴史の中で近年高まってきた住民主導型の地域活性化の動きを明らかにすることを目指しています。
 サンタマルタは、メトロのボタフォゴ駅から歩いて10分の距離にあるドナ・マルタの丘(Morro Dona Marta)に約6,000人が暮らす、比較的小規模のファヴェーラです。1930年代に誕生し、現在まで拡大を続けてきました。私が研究対象にサンタマルタを選んだ理由は、2008年の州政府による常駐治安維持部隊(UPP)導入をきっかけにファヴェーラ内の環境が改善されたことから「モデル・ファヴェーラ」として注目されているからです。多くのファヴェーラが政府等の介入を拒み孤立する中で、サンタマルタは外部組織と積極的に関わりながらより良い地域づくりを目指しています。 以前は他のファヴェーラ同様、サンタマルタでも権力を持った麻薬組織と警察が銃撃戦を起こし、住民の生活を脅かしていました。また、インフラの整備が脆弱であることも見て見ぬふりをされている状態でした。しかし、こうした都市スラム等の社会格差の問題が可視化されることを願った米歌手マイケル・ジャクソンがMV撮影地として選んだことで注目を集めたのち、2008年のUPP導入によって地域の課題を洗い出し生活環境の改善に向けて動き出しただけでなく、2014年サッカーW杯・2016年リオ五輪開催をきっかけに、さらなる集客が見込まれると予想した州政府観光局によって、ふもとに公式の観光案内所が設置され、リオを訪れる他州のブラジル人や外国人観光客を対象とした観光地化が進められました。
 今回のフィールドワークでは、サンタマルタ観光の目玉のひとつである住民主導の地域活性化プロジェクトや生活環境の改善にむけた取り組みを知るためのインタビュー調査、ツアーに参加する観光客の動向を知るための参与観察、そしてこれらによって得られた情報に基づくコミュニティ・マップの作成を行いました。滞在期間が短かったため、地域研究において重要であるとされる「地域住民との信頼関係」を一から築くことは困難であると判断し、同テーマで執筆した卒論のデータ収集で協力を仰いだサンタマルタの住民ガイドA氏と、その弟B氏と改めてコンタクトをとり、すでにお互いが信頼関係にある状態で調査に臨みました。A氏は、基本は昼にツアーガイド、夜に助産師、その他にも日替わりで3つの職場に勤務しています。弟のB氏は、大学で法学部に通いながらツアーガイドを務めており、将来は弁護士として地域に貢献することを目指しています。二人はNGOを立ち上げ、住民と外部団体の協力を仰いでサンタマルタがより良いコミュニティになるよう努めています。このように、ツアーガイドとしての客観的な視点と住民としての主観的な視点を併せ持った2人と行動を共にすることで、さまざまな角度からサンタマルタを観察することができました。
 彼らのツアーは、ふもとの観光案内所で待ち合わせ、ケーブルカーで頂上まで上り、複数の観光スポットを巡りながら歩いて下るというのが基本の流れになっています。観光客の要望・関心によって内容を臨機応変に変更するため、全く同じツアーは存在しません。毎日1~2回の予約が入っており、私の滞在中はエクアドル人3人、チリ人2人、フランス人2人、アメリカ人1人、日本人1人、オーストラリア人2人を案内する計6回のツアーに同行させてもらいました。
①ケーブルカー(bonde)
 サンタマルタを含むファヴェーラの多くは山の斜面にあるため、毎日長い階段を登るのが住民の負担になっています。ここでは2008年のUPP導入と同時期に政府によってケーブルカーが設置されました。ケーブルカーといっても上からつっているわけではなく、エレベーターのように電気で動きます。
②グラフィックアート
 頂上の壁には、サンタマルタの日常が描かれています。グラフィックアーティストである住民の作品で、ケーブルカー、働く人々、カメラを構える観光客、マイケル・ジャクソンの銅像、バーで酒を飲み笑う住民、伝統の踊りなどが色鮮やかに表現されています。壁の向かいには銃を構えて住民の生活を守るUPPの事務所が建っており、そのコントラストがサンタマルタを象徴的に表しています。
④カペラ・サンタマルタ
 ドナ・マルタの丘に建てられた、最初のカトリック礼拝堂(カペラ)です。1930年代から現在にかけて、サンタマルタはこの礼拝堂から下に広がるようにして拡大してきました。扉に空いた小さな穴から中をのぞくと、マリア像が見えます。現在ブラジルではカトリック教徒の数は減少していますが、サンタマルタの起源として大切にされている礼拝堂です。
⑤マイケル・ジャクソン広場
 前述のようにサンタマルタは、マイケル・ジャクソンの1996年の楽曲”They don’t care about us”のMV撮影地となったことで有名になりました。2010年には本人の希望でこの広場に銅像が建てられ、サンタマルタを象徴するアイコンとなっています。また、ソーラーパネルが設置されているのもこの広場の見どころです。2016年に導入された、低所得地域にソーラーパネルを設置するソーシャル・プロジェクト「インソラール(Insolar)」よって45人の住民が電気に関する基礎知識を身に着ける研修に参加し、自らの手で広場や保育園など住民が集まりやすい場所にソーラーパネルを設置しました。A氏とB氏もこの研修に参加し、技術を身につけたといいます。
⑥ショップ
 サンタマルタには、2つのスーベニア・ショップがあります。どちらも、サンタマルタが描かれたカバンやTシャツや家の床材を利用して作ったタイル画など、住民による手作りの作品が売られています。売り上げの一部は製作者に還元される仕組みになっています。
⑦A氏自宅屋上
 ツアー終盤、サンタマルタ中腹にあるA氏の自宅に寄ります。屋上からはリオを一望することができ、観光客はA氏とのんびり会話しながら、サンタマルタのこと、市内のおすすめ観光地、政治の話や自国の文化との比較など、意見交換をする時間になっています。
⑧コリェンド・オ・フトゥーロ(Colhendo o Futuro)
 1988年2月、リオに降った記録的な大雨による地滑りによって、路上放棄で長年蓄積されたごみが流れだし、多くの住民が自らの手でコミュニティを汚していたことにショックを受けたそうです。そこで、A氏とB氏が中心となり、住民主導のNGO団体「コリェンド・オ・フトゥーロ」を立ち上げ、コミュニティガーデンプロジェクトを開始しました。このプロジェクトによって、かつてごみが放棄されていたスペースがレタスやミカン、パクチーなどが栽培される畑に生まれ変わりました。コリェンドは収穫する、フトゥーロは未来という意味で、小さな活動でも辛抱強く続けることでいつか実を結び、コミュニティの役に立つようにという願いが込められています。
⑨住民組織事務所
 ふもと近くには住民組織の事務所があります。現職のコミュニティ・リーダーは、2003年に住民選挙で選出されて以来16年間、住民を代表して事務所に集まってくるコミュニティ内の問題の解決に努めています。コミュニティのために使われる予算は住民の寄付によって成り立っています。A氏を含む観光業に携わる人々は月100~150レアル(2019年時点で約2,700~4,050円相当)を収めています。多く稼ぐ者が多く収め、稼ぎの少ない者の負担を軽くするよう助け合っています。
 主にこれらの8つのポイントを約2時間半かけてまわりますが、これらに加えて貧困・格差に関心のある観光客には頂上付近の家屋の建築構造を見せたり(サンタマルタは上に行くほど貧しく脆弱な建築の家が多い)、音楽やスポーツなど文化に関心のある観光客には著名人が訪れた場所を案内したり、ニーズに合わせてオリジナルのツアーを提供しています。
 サンタマルタが他のファヴェーラとは異なることを決定づける要因の一つに、ほとんどの家が住所をもっているという点があげられます。多くのファヴェーラが未だ政府が手を付けることができず、不法占拠による拡大を続けていますが、サンタマルタではほとんどすべてのエリアに政府のチェックが入っています。このことから、滞在中の成果物として、より詳しいコミュニティ・マップの作成を試みました。A氏とサンタマルタ内のすべての道を歩きながら作成したマップには、観光スポットに加え、保育園や住民組織、NGO事務所、住民が日常的に集まる場所、道が入り組んでいるため昔から目印に使われてきた大きな木、サンタマルタの歴史を語るには欠かせない教会の場所などが記されました。先祖代々サンタマルタに住んでいる住民ならではの、日常に沿った情報が示された地図を作成することができました。
 今回の滞在では、A氏とB氏の協力のおかげで信頼関係に基づいたコミュニティの一員として行動することができたと感じています。1日の生活をともにすることで、観光地としての側面だけでなく、一方的に訪れて一度きりの関係性に終わる観光客にはみせない自然なコミュニティの姿を見せてもらいました。受け身でツアーに参加する観光客がほとんどだった一方で、若い住民にインタビューした際に「観光客の存在は煩わしくない。むしろ、観光客が他文化を持ってきてくれることはコミュニティにとってプラスだ」という答えが返ってきたことは特に印象的でした。
 本フィールドワークは、9月中旬の台風19号の影響で旅程を変更しましたが、上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻の先生方や専攻事務室の方の支援により、無事調査を完了することができました。この場をおかりして御礼申し上げます。